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有限会社 はんだ
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規模拡大のための研鑽
田植えを明日からに控えて、体がパンパン、かつヘロヘロ。暑さのせいか注意力も散漫で、事務所敷地内で軽バンを田植え機に思いっきりぶつけて凹ませてしまって、気分も凹んだ。いかんね、気を付けんと。 それにしてもこの時期の繁忙には滅入る。以前は田植えが終わると同時に繁忙期の山を迎えていたが、近年は田植え前から過酷である。そして今年は思うところあって代かきをすべての圃場で3回やることにしていることと、大豆予定圃の「タデ」の勢いがすさまじいせいで耕うん回数が増えていることとで、例年よりさらに負担が大きくなっている。困ったものだ。 と言いつつ大きな問題はない。今年さえ乗り切れば、来年からは代かきも耕うんも大きく省力化できる見込みが立っているのだ。すでに試しも成功しているのでおそらく間違いない。5年がかりの構想。まあ前から少しはやってたんだけどね。どういうふうにやるのかは、来年上手く行ってから紹介したい。 省力化の追及は地味にでも確実に続けていきたい。自分が楽になる、ということはもちろんあるけれど、もっと別の理由があって、もしも今の経営面積が仮に大幅に増えることに
反田孝之
5月26日読了時間: 2分


香西さんの供養へ
週末、一年前に亡くなられた農業研修先の社長だった香西さんの自宅を訪ねた。供養のためだ。ちょうど一年前に伺おうとして、強風で田畑にほころびが出て行けなくなり、そのままずるずると一年が経ってしまった。このたびようやく仏前に手を合わせることができた。奥さんの供養から実に10年ぶりとなる。 研修は28歳の時だった。今から奇しくも同じ28年前だ。念願だった農的人生を目指し、まずは農を知るために参加した3週間の泊まり込みイベントの「弥栄農芸学校」で出会った香西さんのところのスタッフに誘われ、研修を決めた。その時以降を農業人生とするなら、今や人生のちょうど半分が農業人生ということになる。 向かう先は岡山県総社市。家財を一式積み込んで、前だけを向いて同じ道を走った当時があまりに懐かしい。自宅近くへ着き、約束の時刻までの調整にと、かつての主作業場を訪ねた。 (作業場) (詰所だったプレハブ小屋) この変哲もないプレハブ小屋、今では物置と化しているこのプレハブ小屋での社長との連日の(毎日真っ暗になるまでの)雑談が、私の農業経営哲学は育んでくれたと言ってもいい。傘をさ
反田孝之
4月7日読了時間: 2分


子供と接するスタンス
担任の先生から「あかりちゃんのお父さんお母さんは優しいね」と娘が言われたらしい。友達の親はやさしくないのかな?と娘に聞いたら、それは分からない、ただ先生がそう言っただけだと。 子に向き合うスタンスについて、悩むことはなくても他の家庭はどうしているのかはとても気にはなる。 これでいいのか、と思うことしばしばだから。悩まないのは自信があるからとかそういうことではない。単に自分のことでいっぱいだから。 もし私が今死ぬとして、子らにわずか1つだけ言い残せるとしたら、 「叱られることを嫌がるな、叱られてもシュンとするな」と伝えたい。こういう振舞いさえできるなら、私はあの世で安心していることだろう。じゃあそういう素養を育めるような教育というか接し方を我が子にしているかと言えば、これが極めて怪しい。そもそもどうしていいかわからない。一昔前の親のように、叱りまくって慣れさせるということは一つ考えられる。でもそれは気弱な私(笑)にとっては気力と体力を使うし、さらには自分のことでいっぱいでできるものではない。 私は日ごろから「まあいいか、何が正解かなんてわからない。
反田孝之
3月25日読了時間: 2分
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