• 反田孝之

「疑う姿勢持って欲しい」というただ一点

エリザベス女王の葬儀には参列した天皇夫妻も含め誰もマスクをしないのに、安倍さんの葬儀では全員マスクをすることへの疑問は、どれだけの人が感じないのだろう。世界一マスクをしている国が、もはや世界有数の検査陽性者を出していることにどれだけの人が不思議さを抱かないのだろう。


マスクぐらい別にいいじゃん、と言う人。マスクがどれだけ日本の将来をゆがめていくかに若者、子供、赤ん坊にまで思いを致して想像を巡らそう。まずは周囲の目を気にしてマスクをするという人が頑張れ、そうでなれは次へ進まない。


「何かおかしくないか?」という感性と、「このまま行ったらどうなる?」という理性を大事にしてもらいたい。とりわけ子どもたちには。


そういうわけで、毎年複数件受け入れる小中高生の体験や授業などは、今はすべて「疑うことの大切さ」の視点でやることにしている。「世の中、マスコミ、専門家、大人は嘘つきばかり」と伝えることが最大のテーマ。疑う姿勢さえ身に着けてくれれば、あとは何とかなる、という思い。そして今年からギアを一つ上げた。私は、せっかくマニュアルや専門家の言うのと違う方法で曲がりなりにも成功している立場であるのだから、ここで一肌脱がないというのでは犯罪に等しい。そこまで思い詰めている。


あとはいつまでうちに来続けてくれるかということ。先生たちへの批判にもなっているわけだから、「先生ごめんなさい!もう止まらない!」と断りながらのパフォーマンスだけでさすがにすべてが丸く収まるとは思っていない。現代の教師の多くがただの板挟みとも聞くけれど、彼らだって人間だ。そしてもう一つ、それらの学校にまだうちの子が通っているという捻じれ。


春からの連続体験授業で小5が、9月は中1が2件で昨日で終わったと思ったところに、小2の話も昨日舞い込んできた。まさに息子のクラス。さあここではどうやろうか。先生たちには申し訳ないが、というより先生たちや学校にも何かのプラスになるという奇跡も期待して、この「疑うことの大切さ」の視点を外す気は今のところはない。


そして呆れられたらそれまでだ。仕方がないで済ますしかない。


ところで昨日気になったことが一つあった。実はテレビ取材の申し出があったらいしのだ。しかし断っていただくようお願いした。まさかマスコミさんの前でこのテーマでやるわけにはいかないから。申し出はどういう経緯だったかは知らないが、経緯によっては大変申し訳ないことをしていると悔む事情が実はある。しかしこの期に及んではこれもまた仕方がない。申し訳なさを押し殺して進むのみである。

最新記事

すべて表示

将棋棋士の佐藤天彦 元名人がノーマスクで反則負けになったという事件。将棋連盟というところは昔から何か世間とはかけ離れた不思議な判断軸が幅を利かせている気がしていたが、このたびのこれ。警告もなしで一発レッド、って問題も当然あるけど、そもそも将棋を指しながらマスクをしなければならない理由がちっともわからない。 ​この不思議な​規​​定​ができたの​は、マスクをしていない人と長時間向き合うことを嫌がる人

掛け値なしの​日本晴れの空の下、小学5年生の体験畑の大豆収穫を終えた。刈って、学校に持ち帰って、干すところまで。子供に限らずやっぱり人間って収穫が楽しいんだな、とつくづく。 話変わって、これ。 実際に娘の名前あてで来ると少しドキドキする。何のために打たなければならないのかって、誰かまじめに説明できるは人いるのだろうか。商売医療にどっぷり漬かっている医者は都合のいい適当なことばかり言っているし。だい

子供の体力低下、少子化。これらは最近のニュース。そして周囲を見回すと、「子供には口枷(マスク)に慣れさせたい」とあっけらかんと言ってのける教育関係者がきちんと育っていて、外せと言っても口枷を外さない子供若者が当たり前になった。 実に順調だ。しかし緩めることなく徹底的に叩き潰さねばならない。なんたって、イチローでびっくりしたのに今の大谷だ。先の戦争の後、半世紀以上が経つというのにまだこんな奴らがいる