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そのうち打って出たいね

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2025年12月14日
  • 読了時間: 3分

更新日:2025年12月15日

小5の大豆が終わり、大豆の収穫が終わり、大豆の1回目の検査が終わってゴールの一角が見えたせいか、急に体の不調が大きくなって、それ以降は午前中だけ作業を、午後は家で爆睡という日を続けていた。午後は溜まりに賜ったデスクワークを自宅でやるつもりで一応はPCを持ち帰るのだが、結局初めの3日で合計5分しかできず、ひたすら寝る羽目に。発熱などがあるわけではなく、ただの過労。4日目の今日はお世話になった大先輩の葬儀に参列した以外は家族で温泉に行き、帰ってからはまた爆睡。さてさて、よっぽど参っているようだ。


昔から肉体を酷使する仕事の人は、冬は長期間湯治などで回復を図ったというから、私もそろそろそういうことが必要なのかもしれない。しかし冬はそれなりにやることが満載で、結局いつもそれをやり切れずに春以降に持ち越し、繁忙期に輪をかける羽目になっている。冬は決して暇ではないのだ。


1年を通じての私の繁忙の課題は、人手を増やすこと、つまり雇用しか解決の道はない。経営規模を大きく減らすということは考えたくない。周囲の期待にあまりにも逆行しているし、私のロマンにも明らかに反する。また効率化については現実的には相当果たしているので無理。これ以上の劇的な効率化には莫大な投資が必要だ。


自然栽培中心の経営に転換して以降手放した雇用という選択は、経営の安定とともに10年前くらいにまた目指したものの、洪水の多発を境に再びその旗を降ろした。しかしその原因は洪水だけではない。実は自然栽培の技術という「原資」の不足をまた自覚したからでもある。ここのところをどう考えていくか。世間には反田はすっかり雇用など考えていないのだろうと見なされている気配がぷんぷんしているけれど、まあ仕方がないだろう。15年以上も雇用を放棄しているのだから。しかし我々の(というか私の)15年は、私の公式によれば、25分の1、つまり7か月かそこらの感覚である。せめて1年くらい待てんものか、と。周囲のせっかちな人たちにそう言いたくなる余裕が冷静にあって、我が道を行く。


雇用以外でも、とある立場の人たちからはどうもいろいろな点で呆れられているというか無視されているというか、そういう雰囲気を感じないわけではない。しかしそれでいい。我が道を行くとはそういうことだ。そして原資を得れれば打って出たい。それがいつになるのか、そもそも得れるのか、それは分からない。でもわからないからこそ面白い。あんまりずっとわからないというのではくたびれてしまうが、まだ7か月かそこらの模索だ。ここが大事。また打って出ようとしたときに世の中から必要とされているかどうかは天任せ。ここも大事。


以上、中期的展望を。長期的にはうちのような経営体はなくなった方がよい。さて明日からまた下を向いて、まずはこの繁忙期を終わらせる。



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