• 反田孝之

コロナに罹りたい

世の中には、コロナにかかったせいで、一家で転居せざるを得なくなったとか、若者がクビ(退学?)になったとかの事例があるらしい。しかもすぐ近くで。これを聞いたのは昨日の出張先のこと。いろいろ考えていると帰りの車中で涙がでてきた。旧型コロナやもっと酷いインフルエンザや別の肺炎に罹患したってこうはならないのに、どうして新型コロナだとこんな不思議で悲しいことが起こるのか。


今の状況は学校でよくあるイジメと似ている。いじめらっれ子を助けると、次は自分が標的になるかもしれない。だから間違っていると思っても見て見ぬふりをする。そして集団の暗黙のルールにさりげなく従い続ける。医療業界も含めた多くの業界や社会で、今はそうなのだという。


マスクだってそう。ある調査によると、マスクをする理由として、感染拡大防止と考えている人は少なくて、みんながしているからとか、しないと何を言われるか分からないとか、せずに感染したらどんな仕打ちを受けるか分からない、などが多いのだらしい。多いんだから、そう思う人がみんなでやめれば問題ないはずなのに、それができない。


平和に暮らしている自分の知らないところで、ひどい目に遭っている人らがいるという事実。マスクをすること自体は個人の自由だと昨日書いたが、違うな、マスクは同調圧力の象徴、つまり大袈裟に言えば犯罪への加担だ。


一昨日にとある施設に家族で入ったら、入り口で女性に「マスクをして下さい!」ときつめに言われた。「マスク持ってないなあ」と返したら女房が「あるよ」。公共施設なら私も譲らないが個人立の施設だったので折れることに。でも今思うとせめて議論くらいは吹っ掛けた上で折れれば良かった。それがせめてもの抵抗、罪滅ぼし。

またこんな歪んだ社会が続くくらいなら、突貫工事でいいからワクチンができて普及すればいいとも思う。ワクチンができたらワクチンによる健康被害が増える一方でコロナ騒動は収まっていくことだろう。健康被害が増えたところで原因不明で片づけられるし、ワクチン打つのは自由なので自業自得だ。(親の言いなりで打たざる得ない子供らには申し訳ないけど。)増える健康被害よりも、こんな理不尽によって社会が歪んでいくことの方がよっぽど問題だ。


何度考えても、どう考えても分からない。コロナの感染が拡大したら何が問題なのか。発熱すれば、検査など受けずに、薬を飲まずに寝ていればいいのだ。ただ基礎疾患などある人は病院へ行ってみる。つまりこれまでの風邪と一緒、4月ごろの対応と一緒だ。それですべてが丸く収まる。


でも解熱剤を飲む、飲まされる。だから問題が起きてくる。病院でもそうらしい。医学と医療の違いが現にある。

最新記事

すべて表示

もしかしてバカなのか

最近よく見かけるフレーズだ。個人的には流行語大賞の一押し。新コロ対応について主に政治家や御用医学者ら権力側にいる人たちに対して使われる言葉だ。過剰対応を揶揄している。 つまりこれまでの過剰対応はもちろん、このたびの東京の緊急事態宣言とか、泣きたくなるくらいに意味不明の対応に対し、しかし彼らはバカではないのだろうから、実は飲食業界を始めとする業種の再編とか、中国共産党が株主の某大手新聞社に代表される

情報は変わらないし、人は変わる

私のネタの選び方のせいか、ここで書いたことがうちのすべて(ほとんど)と思っている人がいそうだということは、これまでに感じてきたこと。 んなわけがないではないか。こんなところで書くことなんて、うちのごくごく一部のこと。しかも私も日々進歩している(笑)ので、考え方だって手法だってどんどん変わる。アーカイブ見て今の私がそのままと思われても困る。ちょっと前に私が書いたJASネタについて電話をかけてきた人は

「〇〇バカになりたくない」

「○○バカになりたくない」と言う人をときどき見る。つまりは私の様に、農業でそれなりに結果を出し評価されている一方で、そのことに忙殺されて他のことはからっきしダメ、という人間にはなりたくないという意味らしい。 人それぞれなんだから、そう思う人がいても一向に構わないけれど、この言葉に振り回されている、つまり何もできないことの言い訳に使っている人が少なからずいそうなことを常々残念に思っている。 私の仕事