• 反田孝之

ゴボウを減らすということ

​前回に続きゴボウの縮小について。


作付けを4割減にするなら、洪水がもし来なければ収量も4割減である。しかし洪水の来た近年に単純に当てはめて比較してみると、2018年、2020年、2021年のすべてで「収量減なし」という、何か計算を間違えているのではないかという結果になっている。つまり洪水が来れば、30棟だろうと18棟だろうと収量は変わらないという当たり前のことが起きるわけだ。だったら作付けを減らした方がいいじゃないかということである。


この作付け減の方針を伝えることで、ずいぶんたくさんの人をガッカリさせてしまった。あり得ない、何とかならないのか、​と本当に多くの方々が口をそろえて無念がってくれる。田津の土とゴボウを食べる人を繋ぐ立場として、なんとも我が身の不甲斐なさを思わずにはいられない。しかし私にはどうにもできない。


「余剰待ち」のお取引様がいる。豊作の時だけお出しできるというお付き合いだ。こういう方々を始めとして、今お付き合いいただいている方々とも関係は細っていくだろう。お付き合いの長さを最優先するといううちの方針もある。楽しみにしてくれていた方々の期待を裏切り、そしてゴボウが繋いでくれた縁がなくなっていく。何ともつらく、寂しいことだ。


私自身のことを言えば、大量の「はんだ牛蒡」があることで私は私だった。人間的にはつまらぬ私にとって、「質」は前提として、「量」が私のアイデンティティだったのだ。それがなくなる今後、私は果たしてどのような境地になるのだろうかと、またいつものように他人事として眺めてみる。


と寂しいことを常に心に抱きながらも、冷静な視点も忘れてはいない。どう転んでも一つだけ死守したいこと。それは次世代へ繋ぐということだ。次世代のことを慮るというより、土守りとしての次世代の役割を残すというニュアンスで。私らはあくまで土と人との繋ぎ役。この域を出ないことに醍醐味がある。