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事実を見続けるしんどさとコロナ

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2020年7月25日
  • 読了時間: 2分

更新日:2020年8月25日

うちのような栽培では、「事実」を拾い上げるということで日々が成り立っているといってもいい。田も畑も草も作物も土も、すべてが生き物であり、明日がどうなるか、ということが今日のうちに確実には分からない。だからいつもああだろう、こうだろう、と予測を立てておいて、その時がどうなのかという勝負。


そして大事なのが観察。事実を見つけるためには観察が欠かせず、そしてみつけた事実を論理的に組み立てる力がいる。これらの一連の力の有無が経営を左右するといっても決して言い過ぎではない。


そして往々にして、観察眼やその組み立てがズバリ決まるときは当然気分も良く、人生さえも楽しい。しかしそうでないときはかなり凹む。だから日ごろから当たり前になっている「事実を拾い続ける」という生き方が、時にしんどいときがある。観念で漠然と生きているというのはある意味楽なものだとも。


このたびのコロナ騒動は、事実を見ればすでにコロナ自体は収束していると言えるにも関わらず、不思議と騒動が終息しないのも、この事実を見るというしんどさがベースにないかと、ふと思った。事実とはその場その場で異なるもので、基本は自分で探すものである。しかしそれは面倒。事実でなくて理論でいいから、合ってても間違っててもいいから、他人の言うことに従っている方が楽なもの。そして事実をさておき、自分の不遇や不満を嘆きつつ密かに満足する。極端になれば悲劇のヒーロー。わかる、この気持ち。俺にだってあるもん。


今ちょっと疲れている。誰か、俺の代わりに日々の事実を見て、どうすればいいかを教えておくれ。

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