• 反田孝之

何をするにも悲しくてならない

荒れに荒れた田津地区の管理を昨日から開始。昨日は春まきゴボウの畑を中学生が来るタイミングを兼ねて。今日からは集落農地を守る組織としての遊休地管理を。


(大量の川砂が流れ込みゴボウがすっかり潰れてしまった一角)


(遊休地の管理)


曇り空が余計にそうさせるのだろう、作業をしていてどうにも悲しくてならない。生き残った細めのゴボウを歓声を上げながら抜き取る子供らを見ながら、春なきゴボウをやめる以上は来年からこの時期にゴボウはないのだと改めて。


トラクターで雑草粉砕を始めた遊休地は元うちが刈りていたところで、3年前の大洪水で表土が復旧不可能なくらいに流されたため地主にすでに返している畑。すっかりイノシシに大穴を空けられたところが昨年と今年の洪水でさらにえぐられ、当時の面影はまったくない。かつて緑肥で迷路を作ったことも懐かしい。亡き母が病気をする前に最後に手伝ってくれたのがこの畑のゴボウの草取りだった。もう10年が経つ。


稲刈りもあるが、この田津の管理も、いろいろな思いを抱きながら進めていかねばならない。「つわものどもが夢の後」「平成は遠くなりにけり」。


せめて秋空が広がってくれれば。

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