top of page

共同作業のあうん

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2022年5月2日
  • 読了時間: 2分

農業をやっていたり、やっていなくても田舎に住んでいれば、草刈りなどの共同作業がつきものだ。今日は朝から今田地区のイノシシよけの柵周りの草刈りを。


滅多にやらない箇所だけに、竹が生え、ツルが巻き、どこをどのように手を付けていいかわからない状態。そんなのが総延長500mでそれを4人でやろうというのだから、みんな集まったはものの及び腰。しかしブツブツ言いながらもやりだすと案外やってしまうもので、みっちり3時間かけてとりあえず形にしたところ。


こういう手の付け方が決まっておらずにやり方が何通りも考えられる作業を共同でやるというのはなかなか面倒なもの。いいと思う方法が各々で違うためだ。このたびもぶつぶつ言いながら始めたのはそういうこと。ああした方がいい、こうした方がいい、と口々にぼやきながらも、しかしこのたびはそれなりにみんな「大人」。とりあえずリーダー格の人が考えた方法で始め、途中でらちが明かないということで変更はあったものの、何とか4人の合意の範囲で無難に終わらせることができた。


こういう合意が意外と難しいのだ。往々にしてケチをつけて譲らない者がいるから。そういう人に限って現場をあまり知らない。自治会などの作業ではこういうのがいてよく呆れる。このたびは農業者ばかりが4人で、共同作業の「あうん」というものを知っているから上手くいった。


私に言わせれば、この手の共同作業を上手く進めるコツはこうだ。まずはその作業に堪能と思われる人(リーダー)を決める。そしてみなが好き好きに自分が最良と思う方法を言う。そして最後にリーダーが決め、全員がそれに従う。やっている途中で不満や異論が出ればリーダーに伝えてもいい。しかし変更などの判断はあくまでリーダーに従う。


どういう方法を取ろうと、みなが一つになれば、どんな方法を選んだとしても結果は大した差にはならないというのが、共同作業のあうんである。それは現場の経験を積むことではぐくまれる感覚だ。


しかるにこれはあくまで草刈りなどの、人の命にまでは関わらない共同作業についての話である。戦争に当てはめてはいけないというのは、日本人ならよくわかるはずだ。


コロナ騒ぎも同じ。この国(地域)の未来や、自殺者も含めた命への考え方がなっていない為政者の言うことを聞く必要はない。彼らのほとんどは評価(選挙)のためなら他はどうでもいいんだから。


繰り返すが、日本人ならよくわかるはずだ。いや、やっぱわかんないか。

最新記事

すべて表示
家庭菜園を後押しする大規模経営

昨日ついに籾摺りが終了!長かった。調整作業はあとは色選がけだけ。これはいつものように何かほかの作業をしながら同時進行でボチボチやる。今も弁当食いながら回っている。例年のように事務所で夜なべもしながらやりたいんだけど、今年は体が辛い・・。 前回書いたことについて、前々からこのブログを読んでくれてる人は大丈夫だろうが、 誤解があるかもしれないので一応言っておく。私は家庭菜園の普及こそが世の中を変えると

 
 
言霊について

私は冗談好きで口が悪く、ずけずけと消極的なことをよく口にする。例えば最近だと「あまり豊作だと辛いばかりでうんざりだ」みたいなやつ。そしてしばしば、眉をひそめて忠告してくれる人がいた。言霊だよ、そんなことをいうもんじゃない、と。...

 
 
息抜きは真剣勝負で

稲刈りはようやく一昨日から自然栽培区に突入。ここもため息が出るくらいによくできている。今日刈るのを入れてあと5日はかかる。雨が多いのでもう今月中には刈り終えるのは無理。まさかこんなにかかるとは思ってもみない。刈り遅れの症状が出ないことを祈るのみ。...

 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
    bottom of page