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妥協に誇りを持つ

執筆者の写真: 反田孝之
反田孝之
2024年2月29日
読了時間: 2分

昨日は久しぶりにトラクターでの耕うん作業をした。キャビン付きトラクターによる快適作業は、久しぶりであればちょっとしたストレス発散にもなってちょうどよい。この時期の耕うんは珍しい。一部の畑(0.55ha)を他人に譲ることにしたので、その片付けとしてやったものだ。


しかし今年はあちこちの耕うん作業を、昨秋の10月騒動のために、条件が整い次第、つまり田畑が乾き次第、早めに始めなければならない。そしてまともに理想の作業をしていては、きっと時間が足りないだろうと思われるので、あちこちを端折るつもりでいる。いわゆるベターの管理。


面積を抱え、いつもぎりぎりで回している経営では、何か予定が狂ったとたんに、一斉にベターの管理に切り変える必要がある。その結果あちこちにほころびが出る。最後に収量や品質にまで影響は及ぶことになる。言い換えれば、ある程度の犠牲を飲み込んででも全体の経営を守るということ。面積が広いということはそういうことだ、と言いたいし、当地のように洪水で定期的にやられる場合は、始めからベストの管理ができないということもある。例えばゴボウの収穫を、ゴボウの品質や収量にとっては8月にやりたいものを洪水前の7月上旬までに終わらせる、であるとか、夏にはなるべく畑に草を生やす、というのが直接的にはよい例であるし、土中の空隙がなくなって理想の状況が作れないなどという間接的な例も絡んでくる。


そんなこんなで、うちは実践技術としては、大したことがない。技術の多くが省力化やベターな管理に集約されていて、本質を追及しベストの実践を実現している人から見れば極めてお粗末なものに見えるだろう。しかしそう見られることを厭うていては、うちの今の経営は絶対にできない。今のこの経営に、それがたとえ過渡的だとしても、社会的に大きな意義があると信じて疑わないうちは、このスタイルで突き進まざるを得ないということは、本質の追求がロマンであるのと同様、こちらもまた立派なロマンだろうと自信をもって思うのである。


そのロマンチストが今リアリスト然として悩んでいるのが、昨年も悩んだ「田植え4haと大豆播種9haのどちらを先にやるんだ問題」。理想はどちらも5~6月の月替わり頃。昨年初めて大豆播種を先に計画してみたが、5月の天候不順でドツボにはまったばかり。どう転んでもベストにはなり得ないのだ。そろそろ決めよう。

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