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我が家の新コロ対策(笑)

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2020年10月16日
  • 読了時間: 3分

今朝の新聞を見てため息。記者さんが手記で「マスク着用を呼びかける場面が多すぎるのではないか」と。何を言うとるか、あんたらが誘導したんじゃないか、と1人で突っ込み。


もっともマスク着用はほとんどの場所で「お願い」であって「義務」ではない。私のスタンスは、基本的にまずは平然とせずに入る。何か指摘されればマスクはしたくないからと言う。しなければ入れないと言われれば、ここから先はケースバイケース。まあほとんどのお願いが責任逃れ目的のアナウンスだから、指摘されたことは今までに2度しかない。


まあマスクをほぼ着用しない私にとっても、着用の呼びかけが当たり前になっている今のご時世は鬱陶しくて仕方がない。記者さんのいうことはもっともだ。


同じく今朝の新聞には手の消毒のことにも触れられていた。斜め読みして「消毒液が手に合わない人もいることを理解しよう」みたいな記事だったと思うが、これもため息。


こまめな手の消毒なんてやっていいはずがない。私ら自然栽培農家にとってはあまりに常識である。常在菌を何だと思ってるのか。人間にとって目先の都合の悪い(と思われる)ものを浅知恵で排除しようとしてきた行為が、どれだけのひずみをこれまでに生んできたか。何も学ぼうとしないのな、人類は。よっぽど危険率が高い疾病に対しては目先の消毒もありかもしれない。でも従来と同じ程度の病気に対して消毒をする意味はないし、むしろしてはならない。タモリがお風呂では石鹸使うなと言って称賛されたちょっと前のムードは完全に吹き飛んでることだろう。


我が家では、子供らにも、手によっぽど油がついたときや、頭がよっぽどかゆい時など以外は滅多に石鹸は使わなせない。その理由も説いてすっかり常識にしてくれている。


手の消毒なんてのはした振りをすればいい。私はいつもそう。何も言われなきゃ絶対にやらないけど、言われてもやる振りをする。ほとんどはポンプ式のやつで最近はとてもあのポンプを押す真似が上手くなった。もし失敗して手に着いたらズボンにネシくっておく。


私が一番憂鬱なのは、人々が今後永久にマスクをし続け、消毒社会を受容することになりなりそうだということである。その証拠にコロナが終息するまでの辛抱だと思っている人が多いではないか。コロナはすでに収束していて終息はしないというのに。


仮に今よりマシになったとてしても、実はインフルエンザはもっと怖かった!肺炎球菌感染症はさらに怖かった!それを知らずに生活していた!!などとマスコミが脅せばイチコロ。ああ憂鬱・・。


最後にそもそも論。新コロに罹ったらなぜいけないのか?他の病気ならなぜ許されるのか?誰も説明できんと思うよ。俺はインフルより新コロがいい。だってインフル辛いじゃん。


先日、家族で河原でカレー作り。おーい、みんな手を洗ったか、と言った時にはすでに野菜を切っていた。こんな自然の中ばかりで飽きたぞ。そろそろ都会の人ごみで雑菌をたくさん吸ってきたい。

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