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最悪の年を振り返る

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2021年12月31日
  • 読了時間: 2分

今年の年末は久しぶりにゆとりがあった。この3年間は11月繁忙で体がボロボロのところに、メインの草取りマラソン、そしてサトイモの処理、大豆の納品、中山間制度のとりまとめなど、秋からの繁忙が尾を引いて、生きているのか死んでいるのかわからないようなことを繰り返していた。しかしこれまで書いてきたように洪水による惨事とゴボウの作付け縮小、そしてサトイモをやめたことが大きく、一息つけている。先々のことを思うと、ペース的にはこんなくらいがちょうどいいのだろう。


今の農業を始めて17年。今夏の洪水からこのかたほど精神的にひっ迫したことはない。4年前の母の死の時も参ったけれど、これは私個人の問題であって、経営とは切り離されている。しかしこの度の洪水ーーこの4年間で3度目の洪水ーーには参った。「経営」というと何か味気なく聞こえるが、要するに私の人生、家族の人生である。悲壮感は農業を始めた始めの2年に匹敵したといってもいい。


「した」と過去形を使うのも、すでにそこそこは立ち直ったためだ。もちろん気分の話であって、実際の経営はこれからだ。もしかすると茨の道かもしれない。


この度の試練については、「今の経営のままではいけない」という教示にも聞こえるし、「この地で今のような農業はやめなさい」という警告のようにも思える。しかし、そんな声ではなくてただの現象だろうと言われるのが一番しっくりはくる。つまり自分がどう捉えるかということであり、単にどうするかということだ。そういういい方はただの結果に過ぎない。時々もっともらしく言うのは、ただの軽口である。


もう30分で年明けだ。大晦日だというだけで珍しくこんな時間に書いている。しかし書いた割にはとりとめがなさ過ぎた。本当は3冊くらい本が書けそうなくらいに書きたいことが山ほどある。しかし今の私には必要のないことだし(少なくとも本は興味がない)、今私がやるべきことは、また今一度、「下を向いて歩く」ことだ。私のそんな気持ちを、ただ知ってもらえればありがたいことである。

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