• 反田孝之

本当は社会的にもっと動きたい

ここしばらくコロナのくだらない騒ぎのことを書いている。ホントはね、こんなところに書いたって仕方がなくて、もっと自由な時間さえあれば、もう少し実のあることを動いてやりたいんだけどね。社会運動ってもともと決して嫌いじゃないから。


ちょっと違うかもしれないが、地域やPTAの役員さえ、義務でなければ確実に逃げ回る今の私だが、本当はこういうのも嫌いじゃないわけ。高校では1000人を超える高校の生徒会副会長や寮長、大学ではサークルの部長や学級委員みたいな役とかもやってきたりした。しかし今の私の農業人生。こういう役受けは物理的に無理なのである。


それと一緒。公式の手段がある知事や首相官邸へのメールくらいは、あまりに手っ取り早いからすればいいのに、その暇もない。「こんなもの書いている暇があるじゃないか」と言われるのは筋違いで、これは休憩の一環なのだから、これを書く代わりにそんなものを書いていたらさらに別に休憩が必要になってしまう。


この頃も実は仕事は火の車。冬は暇だと思われるのだが、年賀状の代わりに出してきた寒中見舞いすら今年はまだ書けずにいる。この冬のミッションは、6月中旬からのゴボウ収穫を可能にする→そのために3~5月の本線以外の段取りをことごとく終わらせておく、ということがある。面倒で書かないが、これ、かなりのボリューム。さらにそれらをやる前に、稲と大豆の乾燥・調整機械の掃除や電気柵の撤去作業、各種機械のオイル交換などのメンテナンスが必須。それどころか、今時分はそれらすらできず書類の山と向き合っている。


一方で草取りマラソンは最優先の日々の追われごと。現在1回目進捗率が90%。あと一息というのに、草が日ごとに増えて能率が落ちる(すでに倍以上に時間がかかっている)から妥協せずに急がねばならないというのがこの作業の面倒なところ。


今日はこれから築堤のパブコメ書きを始める。1時間半経ったら草取りに向かう。

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昨日は母の命日。5年前の今日の慌ただしさを思い出す。最後に母に会ったのは亡くなる日の5日前の11月8日。その間、母は九州に行っていたので会えなかったのだ。この5日間の空白が今だに悔しく心に残る。 最近作業の合間に、遠くを見ながらぼんやりと過去を振り返ることが増えてきた。すっかり老いぼれてしまったかのようなことを言う。これを冬へ向かう季節特有の哀愁のせいにしてしまうこともできなくはない。 しかしここ