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機械を浸けた一昨年の反省

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2020年7月22日
  • 読了時間: 2分

一昨年とこの度の被害の大きな差は、このたびは機械が無傷だということだ。一昨年は大型機械を何台も水につけて台無しにしてしまった。幸い行政から多額の支援をいただけたため経営継続が可能になった。肝心なのはもう2度と同じ轍を踏まないことである。


(翌日の機械置場からの光景。目の前の木々も遠くに見える橋もすべて完全に水没していた。)


一昨年の失敗は、うちの機械置場である高台に機械を上げた後、家に帰ってしまったことだ。まもなくその機械置場も浸水することになったが、道路も浸水してしまっていたため駆けつけることができなかった。


だから今回は終始その機械置場にへばりついているつもりだった。ダムの放流量でどこまで浸かるかの見当がつくので、その置き場がさらに浸かりそうになったらさらに高い場所へ移動させるのだ。そうやってこの度は無事に難を逃れた。しかし当然のことながら、自宅に戻れないどころか、水が引くまでは3~4世帯の方々とその場所で孤立してしまうことになった。


(水位ピーク時の機械置場。ロータリー3台がすっかり浸かり、上に乗せた播種機などの小物は助かった。)


自宅は後ろに急な山を背負っているという一抹の不安はあるものの、標高は高いため浸かる心配はないので女房と電話で連絡を取りつつ、また今回も床上浸水となった集落の自治会館の荷揚げができずに限られた若手の方々に迷惑をかけつつ、私はこれからもこうやって田津で機械にへばりついているのがよさそうだ。


ちなみに、そのさらに高い場所へ初めから上げておくというのは不可能ではないがハードルがある。機械を何台も移動するだけで歩く距離もかなりになるし、また戻さねばならないのだから、思うほど水位が上がらず空振りになるというのがどうにも気に入らない。そもそも今田地区や渡地区の心配もある中で、その時間的な余裕があるかどうか。


そのあたりは毎回臨機応変に判断するとして、今度はテントや十分な食料なども準備しておきたい。この度は夜明け頃から夕方までの孤立で、夜には家に帰って家族にも会え飯が食えたが、前回のように日付をまたいで長丁場となる場合もあるのだ。


何となり振り返ったとことで勝因は前回からわずか2年しか経っていないということ。これが30年後とかならどうか。油断が少なからず出てくるはず。まあそのときは死んでるか。だから息子らにこのニュアンスを伝えるだけでなく、マニュアルとして現実的なものを何か残しておくことだ。でもそんな準備もいらないかもしれない。どうせ遠くないうちに大きなものがまたやってくる。




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