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  • 執筆者の写真反田孝之

目に見えない体力の低下問題が骨身にしみて分かってきた

今日は久しぶりの本降り、を通り越して大雨予報。今月の半ば以降、そのうちにやって来るこういう雨までにやっておきたいことをひたすら進めていたのだが、実は先週末にケチがついた。体調不良になって3日も作業を休んでしまったのだ。 昨日は全開で進めたが、やりたかったことのうち多くは間に合わなかった。まあこのたびは貯金しながら進めていたため、まだまだ挽回の余地がありそうで焦りは小さい。ただこれからのことを思うと何かと考えることがある。 このたびの体調不良は症状からして単なる過労であったっぽい。確かに大石撤去作業などはくたびれた。ただ問題はそこまでひどい状態だったかどうかということ。つまりは単なる体力の衰え問題。膝の負傷などの目に見えるものはまだいい。歳とともに低下している体力との付き合い方があまりになっていないということだ。 この加齢と体力低下について最近いくつかの情報がヒット。冒険家は43歳で死んだ人が多いというのがその一つ。43歳頃を境に意欲と体とのバランスが壊れるからで、単純に偶然とは言えないとのこと。また将棋の大名人である故大山康晴も著書の中でこのバランスについて触れていた。弱い人はこのことを実力とは別物でみてしまうが、強い人は「込み」で考えていると。他にも、アンテナを立てていると多くの先人が真剣にこのことに向き合っていた形跡に触れることができる。スポーツ選手にとっては直接的で当たり前のようなことでも、それ以外の人達にとっては意外に死角にある問題なんだろうと思う。 などと書けば「ただもう少しスローに動けばいいってネタだろ。今までだって書いてだじゃん。改まってつまらんことを書くな。」と思う人だっているかもしれない。特に若い人には。 でもこれ、簡単ではないのよ。そう簡単ではないから冒険家は死ぬし、将棋の強い弱いの差が出るのだ。膝の様に目には見えないし、簡単ではないことが骨身にしみてわかった。しかしそれをやり切る。これはすでに単なる気持ちの問題ではなくて技術の問題だ。職人にとって四の五の言ったところで自分の価値はパフォーマンスがすべてである。このたびは今まで以上にこのことを考えていた。

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