top of page
  • 執筆者の写真反田孝之

節目のない生活

今日が新生活のスタート​になる人は世間には多いことだろう。我が子下2人もそう。朝はそれなりに賑やかだった。もちろん私自身にはまったく関係がない。子供がいなければ、今日が年度初めだということすらきっと忘れているはず。


4月1日と言えば思い出すことがある。大学を卒業した直後の春、私は残雪の八ヶ岳に単独で出かけた。海外登山を目指したトレーニング目的であった。その2日目に岩場で腰を下ろし休憩している時に、ふとその日が4月1日だということを思い出し、いかに世間と外れた生き方をしてしまっているか、そして漕ぎ出して行くかを改めて痛感することになった。以前一度書いている。


そういえばその直前の大学の卒業式も日にちを忘れていて、自動車学校の路上教習に臨んでいるとき、スーツを着た同級生がふらふらしているのを見てその日が卒業式だと思い出したということもあった。これも確か以前書いた。


そのくらい当時から私は「節目」というものに鈍感になっていた。子らの卒業式などの節目にそれほど執着しないのも、そのころからずっとこうだったということだろう。


今の農業人生。生き物や天気の都合で私は動かざるを得ず、生き物にとっても天気にとっても人間の都合は関係ない。そういう節目がない生活というものが、若いころからそんなだった私だから実に心地よいことだ。


節目を持たず、日々を追われるように生きる。胸の中には大志を秘めて。

最新記事

すべて表示

因果な仕事

小学校は1学期最後の日ということで、朝から元気な小4と特に小1の我が子。まあ賑やかなことで、相手をするのが大変だった。静かで落ち着いた朝にあこがれる。 もちろんそれが勘違いであることも知っている。いつかそうなるであろう、寂しい朝。静かではなく、寂しい朝。あんな日があったなと、しみじみ思い返す日がそのうち来ることだろう。 そんなことを思いながら、昨日イノシシが捕獲された現場へ。いた、ウリ坊が4匹。そ

わからないことだらけの人生

農業、とりわけ我々の様な少数派の自然農業のおもしろいところは、作物の育て方がほとんど確定していないというところだ。土をどんな感じで耕したらいいのかとか、何センチ間隔で種を蒔くとか、草をどうやって抑えるかとか、ようするに何から何まで決まった管理の仕方がない。きっとこうだろうな、と逐一自分で考えてやっている。 おもしろいところ、と書いたが、これを逆に嫌なところと感じる人も多いらしい、というかこちらの方

中高生はまずは好きなことをやれ

年度初め、4月1日。我が家には普通は何の区切りにもならない。しかし今年は高校へ進学した長男が、さっそく部活動で初登校ということで、それを感じさせる朝となった。 長男が今の高校を選んだ基準は、部活動である。しかもありがちな強いとか有名なところを選んだということではまったくなくて、一度は部活動としてやってみたかった未経験の競技をやりたくて、それだと強い学校では埋没してつまらないから、むしろ弱いところへ

Comentários


Os comentários foram desativados.
bottom of page