top of page
  • 執筆者の写真反田孝之

給食と検便

2~3年前から年間でわずか1日限定でゴボウを供給している某市の給食センターと電話で打ち合わせをしていたら、検便を求められてビックリした。いくら何でも明らかにやり過ぎだろう。


「回避しうるリスクと失うもののバランスが悪すぎる」というのはコロナ騒ぎで呆れたこと。また「何かあったらどうするんだ症候群」というのは近年のうんざりする傾向。この検便の件って、これらの最たるものではないだろうか。誰が発案して、誰らが認めたのだろう。その経緯が知りたい。


給食センター側がJAにマージンを払う納品ルートを取ることで、とりあえずは納品を承諾し、検便からは免れた。だが本音では、そんな決まりごとがあるなら提供はしない、と啖呵を切りたくなるようなことだ。だって世の中がどんどん窮屈になっていくじゃないか。


でもこの「世の中の窮屈」という概念。なかなか理解してくれない人が多い。だから「検便くらいいいじゃないか」と言われかねない。


昨日の帰宅後、家族にこの事情を話したら子供らがバカうけ。「お父さん、また冗談言ってるんだろ。」と言われる始末。「冗談じゃないんだ。いいかこういうのには絶対迎合するな、覆す気概を持て。」みたいにまじめに話してしまったが、本当は、「人を縛って、縛られて、快感を感じていてはだめだぞ。たまにはいいけど。」くらいのことを言いたかった。でもさすがにまだ幼な過ぎる。

最新記事

すべて表示

段取りが難しいの~。大豆をやればゴボウが進まん。ゴボウをやれば大豆が進まん。・・・平和っていいね。 戦場では子供らも多く死んでいるらしい。我が子が戦争で死ぬなんてとても想像がつかん。赤紙が来て、息子を取られて、どうやら死んだらしい・・、なんて気が狂いそうだ。でもつい最近にあったこの国の現実。 息子たちが志願して兵隊になって死んでいったというなら、感情はまた別。「かけがえのない命」と「ちっぽけな

始めにアイデアを出す際には定性的視点のみでも良い。しかしその実現を検討していく段階では定量的視点が必要。でないと失敗は目に見えている。だからネガティブや老害と思われても、とりあえず反対しておかざるを得ない。 「いいじゃないか、とりあえずやってみれば」というのはそれなりの高いレベルでのことでありたい。やる前から失敗が目に見えるというのでは労力も金も無駄だし、そのうち士気が落ちる。 もっとも、やってみ

bottom of page