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  • 執筆者の写真反田孝之

くたびれている、かも

「敵はくたびれ」と言い聞かせてやってきた今の農業。これまでに何度か書いてきたもので、岡山の研修先の社長からの教えを勝手にスローガンにした。


当面の目標だった15年周年を無事に済ませ、今年は17年目の取り組みだ。もう大丈夫かという期待は意外と外れて、実は最近くたびれている「気がしている」。私の言う「くたびれ」という概念は、日常で使う「くたびれた~」というのとは明らかに違う。じゃあどんなのかというと、これが説明が難しい。しかもだ、そもそも私はこれまでにこの「くたびれ」に出会ったことがない。だからくたびれとはこういうものかなあ、という勝手に想像しているわけである。だから「気がしている」としか言えない。


しかし社長が言っていた「くたびれ」はこういうことなのかなあ、と漠然と今思うのだ。そのくたびれの原因となっている一つの大きな要素が、未来が見えない、ということ。未来は今までだって見えなかったが、少なくとも作っていける気がしていた。それが今、微妙。


例えばこのたびの洪水にはよっぽど参っていて、田津地区での営農を今後どうすればいいのか、まったく結論が出せずにいる。これまでは4年に1度、中規模程度のものがくるという前提でやってきた。その中で未来を作るのだと。しかし今後はそれではいけないのだろう。ではどうするか。


またこの時期特有の鬱として、11月繁忙期のことがある。2年前から殺人的化したこの繁忙期を、天候に恵まれて何とかかんとかやってきた。そしてそれを解消するのだとそれなりに動いてきたつもりが、どうも今年も無理そうである。そろそろ天候も悪くなりそうだし、そのとき経営はどうなるのか・・。それだって殺人化の解消の道筋が見えるのなら、耐えることは大したことではない。しかしそれがまったく見通せていなどころか、洪水リスクの要因が絡んで余計に難易化している。


つまりは、解決が容易でない問題を長く抱えているということが、くたびれの大きな要素になっているのではないか。


この「くたびれ」問題。見たことはないが、奥が深いものと思われる。くたびれたら息抜きをすればいい、というのは論外。見たことはなくてもこれだけは自信をもって言い切れる。自分自身がくたびれてしまわないようにすることはもちろんだが、客観的にもこれからも観察を続けていく。


昨日は半日割いて再び江の川下り。こんな息抜きはくたびれには無力。でも立派な気晴らしになる。今回は息子も頑張って漕いだ。

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