• 反田孝之

追いまくられていた要件は一息つき、休息も十分とった。今日からようやく「朝一番と日暮れ前のそれぞれ2時間でトンネルの草取り、残りでその他の作業」の冬パターンに入った。ちなみにトンネルの草取り進捗率は76%。


マスク騒動の詳細が明らかになってきたみたい。鼻出し受験生はメガネが曇るから仕方なくだったそうだし、飛行機下された人は正義感からだったよう。こういうのを過剰に取り締まる今の社会はやっぱ異常だわ。戦争とかって起こそうと思えば簡単かもね。


バイアス読者にしか読まれていないこのブログで紹介したって仕方がないんだけど、昨日読んだこの記事があまりにヒット。この騒動の不思議さがちょっとわかった。


「コロナ死4000人vs肺炎死10万人」という数字をどう読むべきか


一部を抜粋・・


『厄介なのは、カーネマンに言わせると、一度思考のフレームが出来上がってしまうと、別のフレームを与えられても(カーネマンの例でいけば、死亡率でなく生存率というフレームに変更、コロナの例でいけば、感染者数でなく死者数に変更)、異なる判断をする人がまずいないだろうということだ。

なるほどね。もうどうにもならんのだろうね。さらに思考停止でワクチンに過度な期待をしている人たちの存在。さて、子供らに何を伝えていこうか。


ちなみにワクチンってどうなのよ?という興味のある人はこんなオンライン講座がある。


三好基晴医師・正当医学オンライン講座 第1回「新型コロナのワクチン」


ちょっと前に紹介した「新型コロナとがん」の本のように、三好先生の説明は分かりやすくてとっつきやすい。当然のことながら、ワクチン打とうかどうか迷っている人におすすめだ。

  • 反田孝之

​鼻出しマスクの受験生は49歳だったらしい。それじゃあありかもね。私が前回書いたことは、これが20歳前後という思い込みで大したもんだなあと思ったから。


それにしても9月にマスクを拒否して飛行機下された人とかが今頃逮捕されたりしている。やってくれるわ~。


一昨日とあるカフェで女房とランチしたとき、注文の後の待っている間に、店主からマスクをしてくれ、と言われた。女房とひそひそ話をした以外はほぼ黙ってたにもかかわらず。さらに隣りの中年おばさんの2人組は食べ終わってマスクなしで会話をしている。こちらは許されるみたい。


苦しいし体にも悪いから普段からマスクはしないことにしているが、ピンポイントで個人のお店とかでは反論などせずに素直に指示に従う。でも明らかに意義が乏しくてかつ不快感を伴う行為を強いられるのはやっぱり辛い。


しかしこの頃では周囲を見舞わず限り、外出先ではマスクをすることがすっかり常識となってしまっている。これはマスクをすれば感染を抑えられると信じている人が多いからだ。しかし本当だろうか。お医者さんの中には、マスクをするとむしろ感染しやすくなるとか、感染はしにくくなるが重症化しやすくなると主張する人もいる。いろんな人の意見を聞いて考えるに、マスクはしてもいいししなくてもいい、というのが私の結論だ。そう主張する医者も当然いる。


だからしたい人はすればいいし、したくない人はしなければいい。それ以上でも以下でもない。ただこれまでは明らかに発熱して何かに感染していると思われるにもかかわらず、マスクもせずに明らかに振りまいていた人が少なくなかった。そういう人はしかるべき時にはマスクをするべき。


さらに私らのように普段マスクをしない人を、間違った情報をうのみする人とか陰謀論者とかまるで宗教だとかレッテルを張ってひとくくりにしようとしたがる人が増えてきているような気がする。そういう人たちには、あなた方の方がよっぽど宗教ではないですか、妄信ではないですかと問うてみたい。


マスクは単なる手段の一つであって目的ではない。マスクの効果を信じることは結構だが、せめてそのくらいは理解してほしい。でないとそういう人は下手をすると一生マスクをし続けなくてはならなくなるし、そうなるとずいぶん面倒な社会になる。

大学入試共通テストで、マスクから鼻を出して受験して、監督者の再三の注意にも従わずに失格になった受験生がいたという。


まあひどい監督者がいるなあ、ネット民はどんな批判をしてるんだろう、と思って何気にニュースのコメント欄をみて、驚愕。私が見たところでは100%すべての人が、この処置を肯定している。ネットのコメントなんていかがわしい以外の何物でもない。しかしもしかすると世間の多くはそんな風に肯定しているかもしれないと思うと、泣けてくるを通り越して、背筋が寒くなった。


大人の世界がいかに眉唾で、嘘と欺瞞に満ちているか。自然栽培農家として見える世界もある。機会のある限り、私は若者や子供にこのことを伝えていきたい。来月も高校生との接点をいただいている。主催者の思惑からは絶対に外れないという自信をもって、私はこのスタンスにこだわるつもりである。と考えていたときにこの度のニュースだ。私は私のなけなしの存在意義を改めて認識する。


このたび失格になった受験生の本心はわからない。失格になっても構わない立場ではあったのだろう。しかし例えばここで彼に理由を聞いて、それ次第では何か特別な枠を作って・・推薦入試などというどうでもいい制度だってあるのだから・・この受験生に合格通知を出すなどという痛快なことをどこかの大学が学長の権限でやってくれないだろうか。そうすればまだこの社会も捨てたもんじゃない。