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有限会社 はんだ
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香西さんの供養へ
週末、一年前に亡くなられた農業研修先の社長だった香西さんの自宅を訪ねた。供養のためだ。ちょうど一年前に伺おうとして、強風で田畑にほころびが出て行けなくなり、そのままずるずると一年が経ってしまった。このたびようやく仏前に手を合わせることができた。奥さんの供養から実に10年ぶりとなる。 研修は28歳の時だった。今から奇しくも同じ28年前だ。念願だった農的人生を目指し、まずは農を知るために参加した3週間の泊まり込みイベントの「弥栄農芸学校」で出会った香西さんのところのスタッフに誘われ、研修を決めた。その時以降を農業人生とするなら、今や人生のちょうど半分が農業人生ということになる。 向かう先は岡山県総社市。家財を一式積み込んで、前だけを向いて同じ道を走った当時があまりに懐かしい。自宅近くへ着き、約束の時刻までの調整にと、かつての主作業場を訪ねた。 (作業場) (詰所だったプレハブ小屋) この変哲もないプレハブ小屋、今では物置と化しているこのプレハブ小屋での社長との連日の(毎日真っ暗になるまでの)雑談が、私の農業経営哲学は育んでくれたと言ってもいい。傘をさ
反田孝之
4月7日読了時間: 2分


子供と接するスタンス
担任の先生から「あかりちゃんのお父さんお母さんは優しいね」と娘が言われたらしい。友達の親はやさしくないのかな?と娘に聞いたら、それは分からない、ただ先生がそう言っただけだと。 子に向き合うスタンスについて、悩むことはなくても他の家庭はどうしているのかはとても気にはなる。 これでいいのか、と思うことしばしばだから。悩まないのは自信があるからとかそういうことではない。単に自分のことでいっぱいだから。 もし私が今死ぬとして、子らにわずか1つだけ言い残せるとしたら、 「叱られることを嫌がるな、叱られてもシュンとするな」と伝えたい。こういう振舞いさえできるなら、私はあの世で安心していることだろう。じゃあそういう素養を育めるような教育というか接し方を我が子にしているかと言えば、これが極めて怪しい。そもそもどうしていいかわからない。一昔前の親のように、叱りまくって慣れさせるということは一つ考えられる。でもそれは気弱な私(笑)にとっては気力と体力を使うし、さらには自分のことでいっぱいでできるものではない。 私は日ごろから「まあいいか、何が正解かなんてわからない。
反田孝之
3月25日読了時間: 2分
マズローの欲求段階説と私
ここにきて疲れが噴き出す。この土日は、床下の撤去木材を庭で燃やした以外はまったく何もせず、ずっと昼寝をしていた。今朝もまだ眠い。いったいどれだけ眠れば体が満足するのだろうかと呆れている。 こんな時はいつもと違う感覚になる。それで焚火を眺めながらいろんなことを考えた。自分のこれまでと、これからのことも。 就農してちょうど22年になる。よくぞここまでやってきたなと。 当初は、20年後だったら数名の雇用をして、50haくらいは管理していたいと漠然と考えていたので、雇用者がおらず15haの今はそれとはかなり違うけれど、自然栽培という世界を知ってしまってそこに突き進んでいるし、洪水の洗礼が予想以上に大きかったので、それは仕方がなかったと思っている。自分で言うのもなんだが、本当によくやってきた。今の自分にはとても同じことはできない。ここには満足しかない。 じゃあこれからはどうしたいのかと考えれば、これが微妙なんだな。有名な「マズローの欲求5段階説」ってのがある。生理欲求、安全欲求、社会欲求、承認欲求、自己実現欲求。人はこの順に欲求が現れるというもの。でも俺は
反田孝之
3月9日読了時間: 2分
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