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そういえば私は「はんだ牛蒡さん」だった

執筆者の写真: 反田孝之
反田孝之
2024年3月13日
読了時間: 1分

先日の「つぬさんぽ」なるお祭りで、「今のはんだ牛蒡さんだよ」とささやきながらすれ違う人たちがいた。こういうことはままあって、その時ばかりは私がゴボウ屋であり、うちのゴボウが認知されていることの責任を痛感する。


そうだったよね。さあ、ゴボウ屋よ。このゴボウを作り続けることは責任ですよ。そしてゴボウそのものの陰に隠れた、今までの工夫と努力の過程を誰かに伝えることも。近ごろ記憶が薄れつつあるが、このなけなしの私の人生をどれだけここへ注ぎ込んできたことか。むしろこっちの方が大事なんだろう。


世の中に、技術の継承がなされてこなかったことは多い。今の世が浅はかに硬直しているのはそのせいでもあるだろう。なしうる立場にいる人は、どんな時でも腐らずにやっていきたいもんだね。


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