一寸先は闇
- 反田孝之
- 3 日前
- 読了時間: 1分
およそ2週間ぶりの雨。手放しで喜びたいところだがどうにも気分が向かない。自然栽培で名が知られている羽咋市の周辺の豪雨被害。稲刈り直前のこの時期の被害が、その気持ちが良くよく分かるだけに気気の毒でならない。
今や、豪雨に遭うかどうかは運だ。当地だって今日の降水予報は知れていたけれど、ちょっと前線が南に寄ったならば江の川は氾濫のリスクを負ったかもしれない。そういう微妙な線の上に運命は転がっている。つい昨日まで「降れ降れ」と一途に願っていたというのに。
さらにネパールの土石流もこのタイミングで。動画を見た瞬間、河道閉塞だと。閉塞は氷河の崩落だというから、これも今時の地球規模の現象なのかどうか。
一寸先は闇。当地では昔から当たり前のこの感覚が、今は広い範囲で馴染みとなったということなのだろう。何と言えばよいか、虚しいとか何とかは通り越してそういうものなのだと、無感情に思う自分を悲しく思う。
喜びも悲しみも時の運。だからたかだか日々を、悔いのないように生きなければならないということだろう。
あと半月ほどで収穫のうちの田んぼ。これが一夜にして台無しになるのと似たようなことを、これまでに何度も体験してきた。




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