• 反田孝之

コロナはとっくに収束し、他の疾患並みになっているというのに、相変わらず騒ぎ、検査数をさらに上げよ、と主張している人が少なくない。まさにそれが第2波の正体で、どうしてこんな不思議なことが起こるのか、マスゴミや新聞の煽りの影響があるにしても不思議で仕方がなかったのだが、昨日、ああそうかと。


彼らは、新型コロナウイルスを「撲滅」できると考えているのだ!天然痘のように。「コロナに打ち勝て!」などという意味不明なスローガンを含め、そう考えればすべてつじつまが合う。


過去に撲滅で来たウイルスは天然痘のみで、この新型コロナも、他の旧型コロナと同様、撲滅は無理。と一度説明を聞けば常識的に何となく理解できると思うんだけどなあ。


いつまでこんな生活が続くんだ、とボヤいている人が多いけど、まずはこの認識をを変えんと。このままだと、落としどころが見つからないまま、おかしくなる人がたくさん出てくるんじゃないか。


2類から5類に変えれなかった本当の理由は何なんだろう。まずここを変えん限りどうにもならんよ。


と言いつつ、コロナ騒動が続くことで、困っている人達がごまんといるんだから、生活にも仕事にも影響のない人こそ、この不思議な風潮にちょっとずつでも抵抗していきたいものだ。私もど真ん中でその1人。




先週家族で行った、中海は大根島の由志園。身近にこんな庭園があったのかと。意外と子供も楽しめる。

  • 反田孝之

昨日から稲刈りが始まった。稲刈りはいつも突然だ。このたびも今日からやろうと思って準備をしていたら、昨日から始めてしまった。自分で面食らっている。


まずは有機の圃場から。今年は有機の調子がいい。昨日今日で刈ったところは久々に6俵を越えそう。一つ厄介なのは、これ。


イノシシの被害が過去最高だ。でもどうか、見た目の割には被害量は少ないものだから、多くて1%くらいか。10トンで100キロ。これなら仕方がないか。


久しぶりの出来のため、今日は乾燥機に半分くらいで終了。どういうことかというと、今日乾燥機満タンまで刈ると、残りが乾燥機にかけるには半端になるのだ。ロットの変わり目なので次に持ち越せないためこうなる。


残りが半端になるという見極めは、刈り方の工夫でわかる。最後までぐるぐると回ってペケポンを作る人が多いけど、あれをやらないのだ。刈り方向が条に沿わないときは収穫ロスがあるらしいということは小さな理由で、一番の理由はあれだと途中で収穫作業の見通しが立たないから。


だからこうやる。


外周を4~5周してから、中割りを3本入れる。そして条に沿ってあちこちを刈って何条でコンバインタンクが満タンになるかを数える。そうすればこの圃場にあと何台分の稲があるかが一発でわかる。(ちなみに収量もわかる。)こうやれば最後にグレコン半分だけ運ぶ羽目になったなどということはなくなる。


中割りに抵抗のある人は、コンバインが踏まないようその場所を田植え時に必要なだけ広く開けておくとよい。


このやり方の他のメリットには、コンバインのクローラを長持ちさせるということ、田面を荒らさないということもある。クローラのためには右旋回も意図的に入れる。


次の稲刈りは猛烈らしい台風の後だ。ちなみに台風の心配はまったくない。頭が軽いイネは絶対に倒れない。

  • 反田孝之

世の中には、コロナにかかったせいで、一家で転居せざるを得なくなったとか、若者がクビ(退学?)になったとかの事例があるらしい。しかもすぐ近くで。これを聞いたのは昨日の出張先のこと。いろいろ考えていると帰りの車中で涙がでてきた。旧型コロナやもっと酷いインフルエンザや別の肺炎に罹患したってこうはならないのに、どうして新型コロナだとこんな不思議で悲しいことが起こるのか。


今の状況は学校でよくあるイジメと似ている。いじめらっれ子を助けると、次は自分が標的になるかもしれない。だから間違っていると思っても見て見ぬふりをする。そして集団の暗黙のルールにさりげなく従い続ける。医療業界も含めた多くの業界や社会で、今はそうなのだという。


マスクだってそう。ある調査によると、マスクをする理由として、感染拡大防止と考えている人は少なくて、みんながしているからとか、しないと何を言われるか分からないとか、せずに感染したらどんな仕打ちを受けるか分からない、などが多いのだらしい。多いんだから、そう思う人がみんなでやめれば問題ないはずなのに、それができない。


平和に暮らしている自分の知らないところで、ひどい目に遭っている人らがいるという事実。マスクをすること自体は個人の自由だと昨日書いたが、違うな、マスクは同調圧力の象徴、つまり大袈裟に言えば犯罪への加担だ。


一昨日にとある施設に家族で入ったら、入り口で女性に「マスクをして下さい!」ときつめに言われた。「マスク持ってないなあ」と返したら女房が「あるよ」。公共施設なら私も譲らないが個人立の施設だったので折れることに。でも今思うとせめて議論くらいは吹っ掛けた上で折れれば良かった。それがせめてもの抵抗、罪滅ぼし。

またこんな歪んだ社会が続くくらいなら、突貫工事でいいからワクチンができて普及すればいいとも思う。ワクチンができたらワクチンによる健康被害が増える一方でコロナ騒動は収まっていくことだろう。健康被害が増えたところで原因不明で片づけられるし、ワクチン打つのは自由なので自業自得だ。(親の言いなりで打たざる得ない子供らには申し訳ないけど。)増える健康被害よりも、こんな理不尽によって社会が歪んでいくことの方がよっぽど問題だ。


何度考えても、どう考えても分からない。コロナの感染が拡大したら何が問題なのか。発熱すれば、検査など受けずに、薬を飲まずに寝ていればいいのだ。ただ基礎疾患などある人は病院へ行ってみる。つまりこれまでの風邪と一緒、4月ごろの対応と一緒だ。それですべてが丸く収まる。


でも解熱剤を飲む、飲まされる。だから問題が起きてくる。病院でもそうらしい。医学と医療の違いが現にある。