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  • 執筆者の写真反田孝之

田んぼ事情についての紹介をまだ続けるつもりだったが、作業ピークがやってきて(笑)、それどころではなくなっている。奇跡的に晴が続きいていて、週明けからまた閉ざされそうな雰囲気なので、何でもかんでも始末をつけておきたい。


ゴボウの収穫は進行形。バックホウ収穫になったのでペースがちょうど半分に落ちている。あと7日はかかる勘定。雨に弱い今の圃場だけでも早くやり切りたい。みなさんの協力を得て土日も進める予定。


大豆の管理が最期を迎えている。あと4haの土寄せですべてが終わる。土日の間に絶対に終わらせる。


というのは当初の予定でなんてことないのだが、ここに今、にわかにイノシシ被害が出始めていて、その対策に時間が割かれているのだ。周囲の既存の柵が低くてそれを飛び越えて入ってくるので、その柵にワイヤーメッシュを張り足す作業。本来なら地域に落ちる補助金を使って、関係者が総出でやれば、誰も懐を傷めずにあっという間に終わることなのだが、ここでは情けないことにそうはいかないのだ。私が自腹を切ってすべて一人でやっている。


今日これからやる区間は柵の上に電気柵を乗せる。ここは研修生が畑をやる予定の場所で、サル対策と兼ねる必要があるから。ここは研修生とやる。


入られた付近を塞げば、また別のところから飛び越えて入る。そしてその付近をまた塞ぐ。この繰り返し。こうやって少しずつ進めて結局7~800mすべてを塞がねばなるまい。


田んぼの土が赤くなっている。条間の中耕もやりたいんだけどね。目標は毎年4回。でもいつも2回しかできんのよな。こんなことで。

  • 執筆者の写真反田孝之

今日は9日ぶりに、米も大豆も除草機に乗らない。ちなみにこの1か月で除草機に乗っていない日は今日を入れて3日しかない。農産物を作る商売か除草機に乗る商売かわからんよなるよ。


昨日の続きで。


30番台というのは、土が深く期待の新規圃場の田区番号だ。しかし予想外の苦戦が待ち受けていた。草が異常に多いのだ。コナギを始めとする1年生雑草はもとより、クログワイ、オモダカ、ウリカワといった多年草の面々のオンパレード。中でもコナギの勢いの良さには閉口した。耕うんの工夫、代かきの工夫、機械除草、あの手この手をかけてみるが、意地になって生えてくる。こんな田んぼは私の人生で経験がない。


(2021年。一圃場ではこの世のものとは思えない光景に。)



コナギというのは除草剤を使わない栽培ではネックになるもっとも代表的な草であるものの、多年草に比べれば楽な草である。タイミングさえ間違わなければ除草機だけで十分対応できる。しかしここはなぜか様子が違う。ある年などは、代かき2日後の田植え時の田植え機の運転席から水中で芽を切ったコナギたちが大量に見える始末。それで田植え翌日からでも入れる除草機を50万円以上出して購入してやってもみた。この機械、体力的に負担がある。それを忙しい私の代わりに女房が頑張って使ってやってきた。それでも次から次に生えてくる。意地になって生えてくる。


対応が上手くできなかった一つの大きな要因として、圃場条件が乗用除草機に向いていなかったことがある。乗用除草機さえ乗りこなせれば強引に封じ込めることもできたかもしれない。しかし耕盤が安定しておらず、除草機の追随が悪い。草を取ろうとすると稲を埋め込み、稲に遠慮をすると草が取れない。もう一つが藻が湧きやすいこと。藻が湧くと除草機は使えない。


(鶏糞などを入れた圃場でよくある光景だ)


そして改めて前耕作者に聞くと、それなりに家畜糞が入っているというではないか・・!それでもこれらの圃場条件は改善しようと思えばできないことではないだろう。それでこれまで工夫を重ねてきた。しかし上手く行かない。そして気がかりな不思議な現象があって、不陸が直らないのだ。ある年15cmもの高低差を土を引っ張って直した。前耕作者はよくぞこんな田んぼでやっていたなと呆れながら。しかし翌年、また10cmくらいの高低差ができている。そういうことだったのか。なんだ、ここはと。まあ圃場整備後に時々見かける現象と考えるしかなく、毎年かなりの時間を割いて直してきた。しかし翌年は必ずと言っていいほど不陸ができる。こういう辛抱をしながら、この2.2haで7年間自然栽培を続けてきた。


ダメ押しが、仲間と昨年やったお米の腐敗実験。慣行よりも有機よりもこの圃場らのお米が腐る(お客さんに対しては微妙なことを書くが、敢えて書く)。自分一人でやってきた中ではずいぶんマシになってきたと思っていたのに、こんな結果かと。草が湧き出る原因は、これだろうとは思ってきたが、この6年間の結果とこれからの毎年の苦労を思うと、すっかり気持ちが切れてしまった。


丸1か月ほど悩みに悩んで、結論を出した。圃場をまた変えよう、と。すると自分でも思ってもみなかったほどに肩の荷が下りた。


続く。

  • 執筆者の写真反田孝之

今日も朝から田んぼの除草機掛けが進んでいる。状況説明ついでに今年の田んぼについて触れておきたい。


今年は6年間作付けを続けてきた自然栽培田をやめ、これまで大豆と稲の田畑輪かんをやっていた圃場に移した。実は自然栽培田のチェンジは自然栽培を始めた2010年以降で3回目、つまり4カ所目である。自然栽培圃場というのは、年月をかけて圃場環境の調和を図っていくものだから、長く続けてナンボ。だからコロコロ切り替えるものではない。しかしここにはやむにやまれぬ理由があった。


(現在の自然栽培圃場。左手前から4枚。道路より右は田畑輪かん区。)


自然栽培稲作は2010年に、とある1圃場で始めた。そこは今田地区の大区画化圃場整備直後で、うちが今田地区への入植1年目であった。3年目になると今田地区の圃場整備が終了し、うちは7haの圃場を管理することになった。その時、自然栽培田の面積を増やしたかったことと、大豆の栽培も広く手掛ける以上はブロックごとに水稲にしないと不具合が多いことのため、仕方なくチェンジすることにした。


次の自然栽培稲作圃場はブロックでまとまった3圃場1.4ha。ここは砂地の作土が10㎝(以下)しかなく、とても稲向きではないと思ったが、それ以上に大豆が育つとは思えない。他の事情もあり、そこでやることに。不安をよそに初めの3年は思いのほか収量が上がり続けた。しかし4年目、さらに5年目で酷い結果に。ここで続けてみたい気持ちは強かったが、この頃の周囲の目や評価ががあまりにも面白くなく、普及にとってどうなのかと悩んでいた。そんな時に、ブロックでまとまった2.2haの新規圃場の耕作を代診された。ここは土が深く湿田気味で転作はできないと言われていたので、ここへの2度めのチェンジを決めた。


前耕作者に聞いたところでは、家畜糞はそれほど入れられてはいない。それまでと違い土の深いその圃場たちへの期待は強かった。


あれあれ、始め書こうとしたことではなくなって、今に至る経過説明になろうとしている。まあいいか。時間なし。続く。

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