• 反田孝之

午後から大豆の最後のロットを納品し、その足で個人向け販売のロットを引き取り、今期の大豆が終わった。冬将軍の到来に怯えながらの日々も、サトイモの種イモ堀上げと春蒔きゴボウ予定圃の耕うんをする明日で終止符が打たれる。


実に丸々2か月間に渡る繁忙期であった。昨日ついに10月25日以来の休日をとった(10月25日も強行軍で宮崎県の山に登ったのだが・苦笑)。家族で温泉に行き、すっぽんラーメンを食べ、昼寝をし、という何とものんきな一日。しかし白状するとそう簡単ではない。体の不調が厳しいのだ。昨日は最悪だった。


日中はとにかく起き上がっているのが辛い。胸がしばしば苦しくなる。右ひじと右上の奥歯がじっとしていても重く痛む。夜は布団の中で体の芯から寒くてたまらない。そのせいもあって寝つきが悪く、眠りも浅い。左ひざは相変わらず不調・・。


以前なら簡単に発熱して寝込んで解決していたのに、今はその体力もないのだろう。体の芯が寒いのと奥歯の痛みは昨日一日だけだったが、他の症状はしばらく前から続いている。ちょっと不安になる。


そんなことで、せっかくの休日でも子供らには不評。特に次男の落胆は大きく、悩みを持つ彼を何とかしてやりたいのに、思うように体が動かない自分が歯がゆくてならない。


大方の不調はきっとこの年末年始で収まることだろう。しかし問題はひざ。仕事には困らないが長時間の負担で違和感が増大するという、常に7~80%くらいの調子で慢性化してしまっている。私がしたい子育てには以前書いたように山歩きが必須で、そのために私の膝の完治は必須だ。この冬は気合を入れて治すつもりだ。


とまあ膝はそうだが、全体的にも、とにかくまずは発熱して寝込むことができるくらいに体力を回復させること。今の感覚だともう少し元気にさえなればそうなってくれそうな気がしている。しかしこのご時世だ。発熱したとか言えば大変面倒なことになるので、内緒にしておかなければならない。みんなもっと発熱の仕組みを学んでくれ。無駄か。


いいですか。発熱したらまずは喜んで、薬を飲まずにゆっくり休むのですよ。


  • 反田孝之

昨日、大豆の選別・袋詰めをを完全に終わらせた。今年もやったぞ。なんとも言えない達成感と開放感。そのせいか今朝、布団から起きれない。このまま丸一日寝転んで読書でもできたなら、10月25日以来の休日となって、疲れも取れるし、痛めた膝にもいいのに。


しかしどうでも急がねばならないことがあった。中山間直払制度のとりまとめだ。田津地区に毎年交付されている90万円もの補助金の操作。まずこの1年で農地維持にかかった経費を実施した人に割り当て、役員手当と事務局経費をしょっ引き、残りの額をおよそ30人の構成員に対し各人の管理面積に応じて按分し、口座に振り込むのだ。それを年末までにやるという決まり。人様の懐に入るお金だし、行政に提出する内容だから、それなりに大変な作業だ。


で、力を振り絞って起き上がってノコノコと居間へ行くと、女房が背中をひどく痛めたという。当然私が子供らを保育園に連れていくことに。お迎えは時々やるけれど、登園は久しぶり。そしてサンタさんからの贈り物ではしゃいだ2人につかまってしまった。ちょっと待て、お父さんは死にそうなんだから、とか何とかごまかしながら、本当に死にそうになりながら朝の準備を。洗濯物を干して、服を着替えるだけでも歯を食いしばらなければならない始末。


そして車に乗せて保育所へ向かう間、まあ賑やか賑やか。彼らの言うことは素で面白い。次男はか細い声で、何で?何で?の連発。末娘は元気いっぱいでほとんど意味不明。同時に話しかけてくるから収拾がつかない。疲れていてあしらうのも大変。頼むから一人づつ話してくれ。


事務所についてぐったり。そんなことで必死の朝が終わった。


平日に丸1日、できれば丸2日休めば、体力の回復が図れそうな気がするから、それを楽しみにずっと凌いできた。しかし女房から驚愕の一言が。


「平日って、あと月曜しかないよ。」


・・・マジか。その月曜は忙しくなりそうで休めないから、ということはこのまま休めないまま子供らの冬休みに入るということ。ささやかな楽しみが潰えただけでは済まない。女房も大変な今、私の悩みは深い。

  • 反田孝之

検査を受けるロットを昨日すべて山の上へ運び上げて、ようやく大豆のゴールが見えた。スプラウトさんの大豆は納品までも終わったし、あとは屑を再選別してもう一度運べば終わり。検査を受けないから急がない。疲れも他の作業も溜まりに溜まっているから思いっきり年明けに回す選択肢もある。だけど納品はともかく再選別だけはやっておきたい。この時期の作業場はネズミの楽園。終わらせてはやく掃除をしないとならない。


一昨年から始まったこの殺人的11月繁忙期。天気を始めとする運の良さで何とか3年をやり過ごすことができた。しかしいい加減にもう少し考えないとならない。ちょうど重なるようにやってきた50年に1度級の洪水の頻発によって、当時構想したような専属スタッフによる取り組みの旗はいったん下した。だから当面は、今のあくまで私の頑張りによる方法を詰めていくしかなく、劇的な改善を見込めない以上は、細かい工夫を積み上げるしかない。


そういう視点を常に持ちつつ日々動いていた。数字的にどうこうでなくて、負担感がどうなのかという課題については、それに直面している時でないといいアイデアが生まれない。体調不良を押してでも無理やり進めている時だからこそ「まじめな」アイデアになるのだ。終わって休んでから考えたって絶対にダメ。じゃあ、このたびはまじめなアイデアが出えたかといえば、ちょっと微妙。ある意味仕方がない。うちではあらゆることでかなりの省力化が進んでいて、小さな改善点というものがあまりないからだ。


その中で確実に言えることは、草だらけにすることはよっぽど阻止しなくてはならないということ。7月の長雨のせいで過去に1度しか経験していないレベルの草を生やしてしまった。自力での収穫は当然初体験で、こんなにも収穫作業の負担が変わるものかと面食らった。収穫だけではない、選別作業にまで尾を引いた。


振り返って、梅雨明け時に大豆の開花を受けて土寄せをやめた判断が問題だった。今後は草によって収量を落とすか、土寄せによって収量を落とすかという場面では、炎天下による精神的、労力的負担はぐっと飲み込んで、迷うことなく後者を取りたい。


それから大豆の品種の問題。これまで種を繋いできたサチユタカは、莢の弾けやすさのストレスに耐えかねて、今年でやめることにした。じゃあ何にするかということでタマホマレを導入してみたけれど、サチユタカより確かに遅い。早くても遅くてもメリットとデメリットが当然あって、この繁忙期の負担解消という意味では遅いよりも早い方がいいのはいいのだ。


自家採種にこだわる場合、大豆については稲と比べても2品種以上つくるのはナンセンスで1種類に決めたい。1年でも蓄積を増やすためには早い固定をしたいところだが、決定打がない。困ったものだ。




10月25日に長男と登った宮崎県最高峰の祖母山(1756m)山頂から、九重連山方面の眺望。早くまた子供ら連れて山に行きたい。