コロナの感染や死者がインフルエンザのような感じになってきた。冬になるとやはりこうなるのだ。しかし推定年間感染者1千万人のインフルエンザにはまだまだ遥か遠く及ばないようだし、死者についても2類ゆえの量増しがあるので実際には明らかにもっと少ない。なのにマスコミの音頭でいつまでもこの騒ぎだ。鬱陶しくてたまらなしい不思議で仕方がない。どうやったらこの騒ぎが収まるのか。


方々から感染症の分類を2類から5類へ下げるよう要望が上がっているらしい。結局これしかない。これでこの騒動のすべてが終わる。


今マスコミが大げさに煽っている医療崩壊だって、

2類だから病院が大変なのだ。推定1千万人のインフルエンザで医療崩壊が起きないのは、インフルエンザが5類の指定だからだ。なぜ5類にしないのか。

為政者には思惑があるのは世の常としてまだ諦める

としても、報道があまりにだらしない。ジャーナリズムというものはないのか。報道の現場にいる人の中にも葛藤している人は多いと聞いた。歯がゆくてならない。


今国民や政権が取り組まねばならない最大の課題は、少子化対策だ。この急激な少子化により日本が近い将来沈没することが明らかだからだ。急激な少子化を防ぐためには、という命題を中心にすえて、そのためには環境は大事だよね、経済は大事だよね、非接触型社会はダメだよね、・・・と考えて行けばおのずと方針は決まる。子孫の平和と幸福がかかっている。コロナが2類に分類されているだけのことで振り回されて楽しんでいる場合ではない。


非接触型社会なんてダメダメ。バカ言ってんじゃない。目指すは濃厚接触社会だ。なんだエロ話か、ではない。そういうところまで自然とそうなっていくのが目に見える。この社会は子孫をどうしたいんだろうと思わずにはいられない。今を真剣に生きる延長に未来があるのではない。未来を前提に今の生き方を決めていかねばならないのだ。いつの頃かまでは、そうやって少なくとも日本人は生きてきた。

  • 反田孝之

昨日リンゴが送られてきた。私の師である造園会社の社長からのお歳暮。お礼を口実に電話をする。懐かしい声。お元気そうで良かった。口ぶりは本当に30年前と変わらない。


85、6にもなってさあ、会社がいよいよ大っ変なことになっちゃったんだよ。」


すわ一大事かと思いきやそうではなく、密を避けろ、公共交通機関を避けろの掛け声のもと、駐車場や駐輪場の増設の仕事が増え、自分の歳では純粋な土木工事は大変なのだと。


それから、「あんたOビルを知ってるだろ。リタイア前にどうしてもやってくれって言われちゃってさあ。あそこの屋上の大改造をしたんだよ。クレーンで上げてさあ・・。」


いやはや、話を聞いていて、参った。


「社長。僕は50で最近くたびれてんですけど。」

「なに言ってんだよ」。


さらに国境近くで命を張ってマグロ漁をしている同級生を例えにして少々諭される。近頃どうかというと弱っちくなってしまった自分を猛省。


電話が終わって、なんとも懐かしい心持だ。さあ、どこをどう攻めていくか。を考える前に、少し休みたい(笑)。ま、焦らずやる。

  • 反田孝之

昨日スプラウトさんの大豆収穫が終わり、受け入れも終わった。連日綿雪や雨が降りしきる中を、収穫したてのしっかり乾いた大豆が持ち込まれるシーンは何とも不思議な感覚だった。裏日本というのは海からのわずかな距離の違いでこうも天気が違うということを、こんなことで改めて実感する。


ということで、山の上の検査場への持ち込みに向けてラストスパート。と言いつつ、疲れたね。数日前から寒さが深まってなおさらだ。こんな日々を癒してくれるのは子供たち。帰宅したときの下2人の子のお出迎えが何とも癒される。ま、その後の夜のひと時は相変わらず大変ではあるものの、2人だけでじゃれ合うことも増えて負担は減りつつある。その光景がまた微笑ましい。


次男がよく「お父さんが休めるようになったら〇〇したい」とか「春になったら〇〇したい」と言う。今朝は「春になったらお山に登ってどれがシイの木かを教えてもらってシイタケを探したい」と。かなり素で笑えるネタが多くてそれにも癒される。おうおう、何でもやってやるぞ、と相槌を打ちつつ、話半分のところもあっておかしい。でもそういう日が早く来ることを待ち望んでいる。


先月末のイノシシの埋葬。花を供えて墓をつくる兄弟。長男は私がイノシシを殴り殺すのを少し離れて見ていた。


この前の日曜の一コマ。年内で閉鎖する温泉周りの遊歩道。


同じく日曜日。田津の畑で。一面のナズナ。


遊べ遊べ、自然の中で。