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  • 執筆者の写真反田孝之

山水パイプラインの補修について、今日の朝一で通水し、問題ないことを確認。破損個所が正確に確認できていない場合は、ここまでやってようやく安心ということになる。埋め戻し、周囲を整地してすべてを終えた。


ところでこのことで今朝ちょっとした騒動に。まだ家を出る前に自治会長がうちにやってきて、「水道管が破裂したのを反田が直しているとの電話がTさんからあった。自分は会社にいたので家人からのまた聞きで事情が良くわからず、会社からわざわざ来てみた、何か大変なことになっているのか。」と言われる。とくに大変なことになっているわけでもないし、それはTさん自身が一昨日の作業に参加して知っているし、補修作業はこれまでにも何度かしてきた。どうしてこのたび電話されたかが分からない。


そして現場に行き、埋め戻しをしていると近所のTさん自身がやってきたのはいいとして、あれっと思ったことに、山水組合の会計のS君までやってきた。「Tさんから聞いて来た。もう終わったんですか?」と。


その後でTさんとの立ち話で分かったことには、この集落の山水が今運用できるのは私のおかげで、私がいなければ山水の使用はやめざるを得ない。私が1人で頑張っているのに、その実際を誰も知らないのはいかん、という理由でめぼしい人に声掛けをしたのだという。お気持ちは嬉しくあるが、みなさんが困るだろうし、そこまでやらなくても、と。Tさん、すでに齢80。日ごろから山水管理の労をねぎらってくれるし、毎年一升瓶を差し入れてくれる方だ。


我が地域に上水道が普及したのが約30年前。それまでにすべての集落で使われた山水は、必要性とその管理の手間が天秤に掛けられ、多くが廃れてしまっている。さもありなん。この維持はそう楽で簡単なことではない。維持していくためには、それができる元気で器用な人手がいるという条件がまず必要である。


しかもさらに難しい事情はあって、我が集落の例でいえば、維持管理の手間代は無償である。このたびのような補修作業も例外ではない。私などは貴重な仕事の時間を削って割いているにも関わらずである。さらにはパイプやエルボ、接着剤などの部品代は山水組合から出るが、バックホウの燃料代や損料、トラックでの回送費は出ない。つまり会計的には明らかな私の持ち出しである。ここで私が、手間代を出せ、機械代を出せと言ったりすれば、なあなあで上手く回っている今の維持管理体制は次第にぎこちなくなり、水源や中間タンクの崩壊などの根本的な理由を待つ前に、この貴重な山水利用システムは成り立たなくなるであろう。ここのところが、我が集落ではたまたま上手くいっているのである。


続く。


  • 執筆者の写真反田孝之

​集落の山水パイプライン近くの地面から水が湧きだしていて、おそらくパイプの破損。​昨日バックホウを回送し、3人(80歳、69歳)で破損個所を探るべく開始。しかし雨上がりで土は重いし、なにより笹の根や大石が多くてたびたび途方に暮れた。それでつい欲を出してギリギリまでバックホウでまさぐったもんだから、案の定2度もパイプを折ってしまい藪蛇に・・。格闘3時間後に何とか小口を晒すことに成功。今朝からパイプで繋いでおいた。



それにしても体力の低下を痛感する。日々の農作業は機械仕事が多くピンとこないけど、こうやって土方をやると思い知る。いくら冬後のリハビリの時期とはいってもね。69歳の人の方がむしろ元気なくらいだ。昨夜は体が悲鳴を上げて満足に眠れなかったし、毎晩、腰と太ももがパンパンだ。


しかし外科的には弱った感がする一方で、内科的な体の調子はすこぶる良い。酒は美味いし、ウソコがきれい。この冬は珍しく3度の発熱をしたおかげがあるかもしれない。1度目は12月、2度目は1月、3度目はこの前の土日。いずれも流行った保育園から末娘が持ち帰り、順次家族全員に移るパターンで。全員がくたばるからその時は大変だ。それにしても今までは全員がかかることはそうそうなかった。今年は珍しい。あ、そうか、2度目は俺だけがかからんかったんだ。じゃあ俺はこの冬は2度か。


「病気が体のズレを直してくれる」ということは、古代ギリシャのヒポクラテスが言ったんだっけ? 自然栽培の世界ではあまりに定着した考え方だ。そういう意味ではこの春は何か気分がいい。あとは少しずつリハビリを頑張って体力を取り戻したい。

  • 執筆者の写真反田孝之

週間天気予報によると、あさってからどうやら本格的な春になりそうだ。


その春の到来と同時に憂鬱になるのが、ゴボウトンネルの温度管理。昨年から棟数を減らしたおかげで楽にはなった。しかし遠出やアポ入れがしにくくなる。休日のお出かけもやりにくくなる。そして春は強風の季節。温度管理で口を開けたトンネルは風に弱い。これまでには何度もビニールが飛ばされて楽でない修復作業を強いられたので、温度だけではなく風速にも油断がならない。ゴボウを焼くかビニールを飛ばされるかのどちらか二択、ということもシーズンに大体1度はあって、実に気が気でない。こんなのが4月20日ごろまで続く。


(春の強風で飛ばされたビニール。2019年3月。)


そして春にもう一つの気遣いがあって、稲の育苗。有機肥料を使うロットについては6~7年前からすっかり何の悩みもなくなって、寝ぼけていても立派な苗が立つようになった。しかし自然栽培の苗。こちらも何だかんだと「田植えができる」までの苗は立てれている。しかし田植え後の生育は有機肥料を使った苗と比べてあまりに大きな差がある。ここを改善するためには、まず前提としてあらゆる作業をきちっとやらなくてはならない。このプレッシャーは何年たっても大きいものがあり、3月下旬から5月の連休くらいまでは気が休まらない。


(苗の初期状態の悪い箇所。2022年4月。)



ということで「また春が来たなあ・・」とボヤいて憂鬱でいるということを紹介してみた(笑)。

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