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  • 執筆者の写真反田孝之

今週は、大豆後の水稲予定圃2.2haの代掻きをボチボチ進めていた。大豆と稲のブロックローテーションを始めてからは恒例の早期代掻き~湛水。昨日終了。


(転作後の代掻きは泡の発生が凄い。)



ここは稲が7年ぶり。当時の不陸直しで呆れた記憶は生々しく、それから6年も空いていたのではきっとまた不陸ができたに違いない、と諦めて始めたところ、あれまあ、ほぼ均平でないの。感覚的には有効率99%で高低差3㎝以内。


ずいぶん前に下ノ原地区でやっていた時は、高いところは何度削っても大豆後には高くなるという不思議な経験があったし、振り返ったところの道を挟んだ隣りの圃場、自然栽培圃場2.3haは今だに進行形だから。



毎年少しずつテコ入れしているというのに、相変わらず不陸に悩まされている。マントル対流が起こっているとしか考えられない(笑)。地面の中とは実に不思議だ。


もっとも圃場整備後数年はそういうことが起こる。しかしもう12年が経過した。そろそろ収まってもらいたい。

  • 執筆者の写真反田孝之

最近かなり忙しい。やっていることを毎日一つずつ紹介したい。


一昨日やった、田津地区の農道の滞水対策工事。かれこれ7年も前にやった簡易舗装工事後に水が溜まる箇所があって、今さらながらそれを解消する細工を。大雨が降ると長さ20メートルくらいにわたって深いところで水深5センチくらいの水が溜まる。長靴でないと歩けない。



これまでは写真右がうちの圃場だったので、時々鍬で溝を掘って解消していたのだが、この圃場を他人に譲ったため勝手にはできず、耕作に支障がないようにという条件でその方の許可を得てやったところ。


そもそも水が溜まっても問題はないんだけどね。なあ何となく気になるし、ここを毎日散歩する人に頼まれた(笑)ので、まあやろうかなと。


まず長さ10mくらい、深さ6~70cmの溝を掘る。下層はかなり砂っぽい。



そこに厚さ30センチくらいにもみ殻を入れて、埋め戻す。トラクターでもみ殻を耕すことがないように、分厚く覆土する。もみ殻はあらかじめフレコンバッグに入れたものをバックホウで吊って引きずりながら入れる。



道路口だけはもみ殻を充満しておき、ここから水に沁みこんでもらうという理屈。


これで最低でも5年は持つだろう。バックホウやもみ殻の回送を含めても2時間かからん程度の工事。もっと早くやっときゃ良かった。


ちなみに7年前の舗装工事は、集落でためた補助金を利用して私が音頭をとってやったものだが、水が溜まるのは施工業者のせいではない。限られた予算内で少しでも舗装延長を稼ぐために少々の凸凹は構わずやってほしいとこちらから依頼したからだ。念のため。

  • 執筆者の写真反田孝之

先ほどTさんが、景品でもらったとお菓子をたくさん持って来てくれた。また他の方から感謝の電話もあった。こうやって気遣ってくれるというのは、ありがたいことだし、悪い気はしない。ただこういう気兼ねは一切必要ないのだ、と事あるごとに皆さんには説明させてもらっている。理由はこうだ。


以前、山水管理の人手がいよいよ減った時に話し合いを持った。その時の管理責任者の方が提案されるには、「これからは作業に出れない人は月々500円を供出することにしよう」と。一方である方が、「これまで山水を守ってきたんだから供出はおかしいんじゃないか」と。場はこの2つの意見で割れた。そこで私がこう提案した。


「我が家は上水道を切って山水だけで生活している。いわば山水は我が家の生命線でこれがないと生活ができない。一方で皆さんは山水がなくても困らない。上水道にプラスして洗車したり、庭に使うだけのことだ。我が家のように何が何でも使わなければ困るという者と、そこを流れているならちょっと使わせてほしいという者が同じように普請を負わなければならないというのはおかしいのではないか。さらに、皆が使ってもなお余るほど水量は豊富だ。だとすれば、何が何でも使いたい人が頑張ってやるべきで、あとの人はできる時に手伝うだけでいいのではないか。


何が何でも困る家はとは、つまり我が家のみ(笑)。そうか、反田がやってくれるのか!というノリですべて丸く収まることになった。


その後、高齢だった前管理責任者から私があとを引き継ぎ、ずっと補修作業と、時によっては水源の定例掃除を一手に引き受けてきた。このことにまったく不満はない。なにしろこの山水がないと生きて行けないのだ。不満の湧きようがない。


また付け足すなら、元気な世代で平日の日中に自由に時間が使えるのは私のみだ。また土方的なセンスや器用さが必要で、元気であれば誰でもいいというわけではない。どのみち私がやるしかないということである。



(2022年3月。崖のような急傾斜で黒パイの破裂箇所の補修。この時は集落外に住む親父が手伝ってくれた。)



(2016年4月。この時は古いパイプとの径が合わず難儀をした。)


では、もし仮に我が家が山水を使わなくなったらどうするか。それは当然管理はやめることになるだろう。一切ノータッチ。逆に言うと、それだけ負担は大きいのだ。今の現状を冷静に言えば、「消毒されていない自然の水を手に入れたいがために目を吊り上げて頑張っている」ということになるだろう。おかげで日々、丸みのある水でお茶を沸かし、カルキ臭のしない天然水の風呂に浸かることができる。なんとも極楽である。

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