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マズローの欲求段階説と私

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 21 時間前
  • 読了時間: 2分

ここにきて疲れが噴き出す。この土日は、床下の撤去木材を庭で燃やした以外はまったく何もせず、ずっと昼寝をしていた。今朝もまだ眠い。いったいどれだけ眠れば体が満足するのだろうかと呆れている。


こんな時はいつもと違う感覚になる。それで焚火を眺めながらいろんなことを考えた。自分のこれまでと、これからのことも。


就農してちょうど22年になる。よくぞここまでやってきたなと。当初は、20年後だったら数名の雇用をして、50haくらいは管理していたいと漠然と考えていたので、雇用者がおらず15haの今はそれとはかなり違うけれど、自然栽培という世界を知ってしまってそこに突き進んでいるし、洪水の洗礼が予想以上に大きかったので、それは仕方がなかったと思っている。自分で言うのもなんだが、本当によくやってきた。今の自分にはとても同じことはできない。ここには満足しかない。


じゃあこれからはどうしたいのかと考えれば、これが微妙なんだな。有名な「マズローの欲求5段階説」ってのがある。生理欲求、安全欲求、社会欲求、承認欲求、自己実現欲求。人はこの順に欲求が現れるというもの。でも俺はもう、このどれもに興味がないのよ。それはそれなりに承認されたし、自己実現もしたし、ということなのかと思う。自分が今望むことを本音でえぐってみると、「自然栽培での多収の確率が半分とかだったところを9割以上にしたい」ということになるか。つまりは最後の自己実現欲求にかろうじてひっかかる感じ。


なんて地味なのかと感じる人もいるだろう。でも今はそれ以外のことに本当にほとんど興味がない。社会的なポジション、本を書くことなどはもちろん、以前大好きだった大勢の人前で話すことも今ではすすんでやりたいとは思わない。自然栽培でどんな管理をすればどのように土が変わり、どうやったら多収の確率を上げられるのかということを、ただただ知りたい、それだけ。


こんなことだから、マズローの説は弱いのではないかと改めて調べたら、6段階目の欲求である「自己超越欲求」ってのを晩年に発表しているらしい。それは欲求が「自分のために成長する段階から、自分を超えた価値に奉仕する段階へ移る」のだと。ああこれならわかるじゃん。


社会のために自然栽培を追求して、俺はあとは死ぬだけよ。愉快愉快。こういうのって疲れてるときはますます愉快なんじゃないか。焚火の暖かさも輪をかけるよ。

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