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香西さんの供養へ

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2 日前
  • 読了時間: 2分

週末、一年前に亡くなられた農業研修先の社長だった香西さんの自宅を訪ねた。供養のためだ。ちょうど一年前に伺おうとして、強風で田畑にほころびが出て行けなくなり、そのままずるずると一年が経ってしまった。このたびようやく仏前に手を合わせることができた。奥さんの供養から実に10年ぶりとなる。


研修は28歳の時だった。今から奇しくも同じ28年前だ。念願だった農的人生を目指し、まずは農を知るために参加した3週間の泊まり込みイベントの「弥栄農芸学校」で出会った香西さんのところのスタッフに誘われ、研修を決めた。その時以降を農業人生とするなら、今や人生のちょうど半分が農業人生ということになる。


向かう先は岡山県総社市。家財を一式積み込んで、前だけを向いて同じ道を走った当時があまりに懐かしい。自宅近くへ着き、約束の時刻までの調整にと、かつての主作業場を訪ねた。


(作業場)



(詰所だったプレハブ小屋)


この変哲もないプレハブ小屋、今では物置と化しているこのプレハブ小屋での社長との連日の(毎日真っ暗になるまでの)雑談が、私の農業経営哲学は育んでくれたと言ってもいい。傘をさしてたたずんでいると、当時のことが次々と思い出される。私にとってはあまりに熱く、濃密な7か月だった。見るもの、思い出すことの、何もかもが懐かしい。


自宅へ伺うと、香西さんの息子さん以外に、サプライズで当時の共同経営者である大熊さんが来られていた。私が来ると聞いて駆けつけてくれたのだという。こちらは17年半ぶりの再会。様々な話をネタに大いに当時を偲ぶ。


最後に仏前に並んで飾られた社長ご夫婦の写真を見ながら、もうここへ来ることもないだろうと。お二人には本当に感謝しかない。恩送りに励むと誓ってお別れした。帰りの道中は、冷たい雨。できることなら、もう一日だけあの頃に戻ってみたい。こみ上げるものを抑えながら、高梁川沿いの国道を、中国道を目指して上ってゆく。

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ここにきて疲れが噴き出す。この土日は、床下の撤去木材を庭で燃やした以外はまったく何もせず、ずっと昼寝をしていた。今朝もまだ眠い。いったいどれだけ眠れば体が満足するのだろうかと呆れている。 こんな時はいつもと違う感覚になる。それで焚火を眺めながらいろんなことを考えた。自分のこれまでと、これからのことも。 就農してちょうど22年になる。よくぞここまでやってきたなと。 当初は、20年後だったら数名の雇用

 
 

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