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唯一の生きがいか

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2023年7月10日
  • 読了時間: 2分

このたびの雨。島根県は東部でかなり、江津市内でも軽微な被害が出たらしいが、当地はほぼ無傷。梅雨の末期という最大の難関期を越えたようだ。もちろんまだわからない。一昨年は8月の稲と大豆の開花期にやられたし、10年前は8月下旬と9月上旬に立て続けにやられた。


しかしとりあえずホッとした。ゴボウの収穫は無理だし、大豆畑にも入れないし、水稲の除草も終わっているので、喫緊にやるべきことからは解放されている。おかげでかなり気が抜けているところに、昨日、一昨日と久々に丸々1日半も休んだせいか、体のバイオリズムが何か変。つまりは体の修復中である。


そんな中、午前中は市内の中学に招かれて授業の講師を。行くまでは体が重苦しくどうなるかと思いきや、着くと別腹。体も軽くてすっかり楽しんでやってしまい、そしてついでに笑顔の子ども達から何か「やる気」までもらってしまった。それでせっかく来たついでだから街の風にでも当たって来るか(内藤さんも来ていることだし・笑)、いっそのこと自宅に帰って休むかではなく、つい事務所へ戻って溜まっているデスクワークなどを進めている。


今週末からどうやら梅雨が明けるらしい。畑が乾けばまた別の忙しさとなる。当面大豆の土寄せ、場合によっては一部で蒔き直し。そして途方に暮れる田津地区の遊休地5haの雑草粉砕。生育中の緑肥の処理もタイミングよくやりたい。


体が動かないときほど「淡々といく」と言い聞かせる。我が子にも、よその子にも、背中を見せたい。楽しさや口の悪さ(笑)はもちろん、淡々とした背中を。もしかするとそれが今の私の唯一の生きがいかも知れない。

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