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無常を思う新年

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2024年1月9日
  • 読了時間: 2分

年始は昨日から開始。これだけゆっくりしたのは初めて。


家族で京都旅行へ行っていたのだ。女房の里への帰省と合わせて合計5泊。これだけの「旅」は今の農業を始めて20年で初めてだ。宿泊は若いころ散々利用したYH(ユースホステル)に3連泊。YHの中でも世界有数の快適さを誇る宇多野YHだから、思った以上の満足な夜を過ごすことができた。もっともまだ小さい子らを連れての相変わらずのドタバタ珍道中だ。「ゆっくり」というのは言葉のあやみたいなもの(笑)。


(宇多野YHの前で)



京都の町は想像を超える賑わい。34年前に暮らした時の面影はもちろん残っているけれど、変わったと印象づく方が圧倒的に多い。とりわけ驚いたのが京都駅。ここまでのリノベーションの必要はあったのだろうか。


(京都駅ビル)


YHのテレビでは震災の報道を連日見ていた。そして見ながら、我々がたびたび被る洪水という災害は命の危険がない、何と幸せなことかと。また会社というのは日ごろから儲けていないとダメだなと強く念じる。儲けていればこそ、こんな時により直接的かつ効果的に貢献ができる。生きて行くのに必死というのも美しくはあるが。清く富む。かくありたいもの。


この国は、とりわけ東日本大震災以降に、被災地以外の地域での行動の自粛が何をも生まないどころか、ともするとマイナスになることを学んできたように思う。しかし、それにしても被災地を想う。多くの人がそうだろう。明日は我が身とも。京都で賑わうあの人たちもきっとそうに違いなかった。



ひたすら無常を思う新年である。

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