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有限会社 はんだ
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今の人生は道のない山歩きと同じこと
10日ぶりの更新。特に訳があったわけでもなく、くたばったわけでも、忙しさが過ぎたわけでもない。昼飯時にデスクワークばかりやっていて書く間がなかったのだ。今日もそうだった。今14時半、休憩がてら書いている。 この間には、というか、この間にも、いろんなことがあった。まあ農業をやっていると、というか自然栽培をやっていると、はたまた機械をたくさん抱えていると、などという方が正解か、しょっちゅういろんなトラブルが起こる。毎日がエキサイティングでよいと若いころなら思えた。でもこの歳になるとどうにもしんどいなと。もう少し安定した日々に憧れるようになっている。いかんかね。 その中の、トラブルではないが大きなトピックの一つが大豆の出来についてだ。枝豆までは大豊作で、昨年のような登熟期の不安がなかったからおそらく大丈夫だろうと思っていたのに、まったく怪しくなった。少なくとも大豊作どころか豊作はない。普通もない。どの程度の悪さで済むか、という問題になっている。症状は今のところ何とも言えず、いろいろ。少なくとも青立ちはかなり発生している。それと葉が早く枯れる症状。大豆っ
反田孝之
2025年10月31日読了時間: 3分
どうして農業をやっているのか
今日の午後、ついに休んだ。もちろん本線作業は満載。でもそろそろ潮時かなと。 で家に帰って2時間ほど爆睡したあと、次男用に買った漫画、「ザッケン」が目に留まる。高校の雑草研究会なるサークルの物語(全四巻)。ちなみにこの漫画の「監修」となっている中尾佳喜くんはかつてうちで研修していて、今でもゴボウの収穫の季節には手伝いに来てくれている。 これを読みながら、そういえば自分も小学生の時は雑草に興味があったなと。図鑑で手当たり次第に調べたり、スケッチしたり。まあ虫や小動物もたくさん飼っていたので、生き物全般に興味があったのだろう。それがいつの間にか興味が薄くなり、山の勉強がしたくて入った大学時代でも、興味があるのはマクロな生態系や自然全体で、個別の植物や生き物にはあまり興味がなくなってしまっていた。果たして友人らと比べて自分は自然が好きなのかどうかということに時々悩んだものだ。 実は今だって農業が本当に好きなのかどうかわからない。 というのも私は家庭菜園のように細々した畑仕事が好きでない。例えば定番のトマトやナスなどを育てたいという願望がない。その世話が億
反田孝之
2025年10月18日読了時間: 2分


体だけの不調は幸せだ
昨日からゴボウの準備を始めた。まずは深耕前の耕うん。トラクターついでに田津の遊休地の耕うんも(これは地域協定だからやらないわけにはいかない)。そして今日また雨。来週からは10月らしい天気が続きそうなので、何とか挽回する。 そして今日、お米の実務が一気に進展。ライスセンターの再編と予想外の豊作のせいでこんがらがって見通しがはっきりしないまま手探りで進めていたので、ようやく目の前が晴れた。少し気分が変わりそう。 (優先順位がいろいろあって作業場がごった返す) 体調の悪さのことを最近書いてきたけれど、くたびれや疲れや不調というのは、体だけならむしろ幸せなことだ。 とるべき方針がはっきりしているから。でも気持ちや感情のくたびれや不調というのはいけない。私が体がボロボロでも案外平気なのは、そういうメンタルな不調を抱えないからだと言えるだろう(もちろん守護霊への感謝は忘れるものではない)。それは若き頃の修行やストレスまみれの日々に鍛えられたことだと思っている。 そしてもう一ついうなら、体調不良でもそれをいちいち心配しない、ということがある。その秘訣は、・・こ
反田孝之
2025年10月16日読了時間: 2分
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