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  • 執筆者の写真反田孝之

マスク、いつまでやる気なのか。私はよっぽどのことがない限りはやらないからまだいいんだけど、この流れは自殺者増につながっていくし、子供らも不憫。


保育園に通う娘が、「マスクが嫌だけどしてないと先生に怒られる」というので、女房が園に掛け合う。結論としては​、園としてはマスクの必要はないと考えているが、コロナが発生した時にマスクをさせていたかどうかが問題視されるので四の五の言わずに協力してほしい、とのこと。こう言われると仕方がない。


国も強制はしていないというし、自治体も強制はしていないという。しかし「雰囲気」が現場に強制を強いる。かくして不思議な構図が出来上がる。


パッと見、マスクをしている人はもはや99%以上。理由は様々だ。その中でマスクがコロナを減らすことに貢献すると信じている人に対しては、申し訳ないけど勘違いだと言わざるを得ない。多くの「専門家」がそういっているし論理も自然だ。そんなことはない、マスクには効果があるという専門家もいる!という反論もあるが、その主張をよく聞いてみろ、根拠がほとんどないから。


なのに多くの「専門家と称するオタク」がマスクの必要性を言い続けるのは、今さら説を変えるのはみっともないからだという。私もそんな気がする。オタクというのは得てして社会性がないものだから、そんなところだろう。


オタクの言い分に付き合ってマスクをしたい人はすればいい。ただ強制するな、と言いたい。しかし、この頃はそれすらも思えなくなった。というのは、マスクはよっぽど汚いらしい。そこで繁殖している細菌はウンコと同レベルとのこと。それを目の前でスーハ―スーハ―とばらまかれると、いくら私が日ごろから菌に親和感を抱いているとはいえ、それは自然な環境下での菌についてであって、マスクという不自然下で繁殖した菌をばらまかれるというのはさすがに気持ちが悪い。まあ相手は直接口につけて吸っているわけだから、それに比べれば我慢してあげようと頑張っているけど、なぜ私があなた由来の細菌群を受容しないとならないのかという不条理を感じる。もうマスクをした人が大勢集まった場所というのはどうにも落ち着かない(SMプレイを想像するからではない・笑)。だから屋外でするのは勝手だが、せめて屋内ではマスクを外してもらいたい、というのが私の本音である。


まあもっと本音は今すぐの全廃。だけどコロナに関係なく一生マスクをし続けたいという人が若い女性を中心に25%くらいいるというのだから、困ったものである。すっかりこんがらがってしまった糸。これをほぐせるのは政治家だけ。ただ騒いで煽るだけのマスゴミなんか無視して英断(というほどでもないと諸外国を見ると思うけど)を下せる人はいないのだろうか。自民党でこれができる人って、誰よ。いないか。

今日は久しぶりの本降り、を通り越して大雨予報。今月の半ば以降、そのうちにやって来るこういう雨までにやっておきたいことをひたすら進めていたのだが、実は先週末にケチがついた。体調不良になって3日も作業を休んでしまったのだ。 昨日は全開で進めたが、やりたかったことのうち多くは間に合わなかった。まあこのたびは貯金しながら進めていたため、まだまだ挽回の余地がありそうで焦りは小さい。ただこれからのことを思うと何かと考えることがある。 このたびの体調不良は症状からして単なる過労であったっぽい。確かに大石撤去作業などはくたびれた。ただ問題はそこまでひどい状態だったかどうかということ。つまりは単なる体力の衰え問題。膝の負傷などの目に見えるものはまだいい。歳とともに低下している体力との付き合い方があまりになっていないということだ。 この加齢と体力低下について最近いくつかの情報がヒット。冒険家は43歳で死んだ人が多いというのがその一つ。43歳頃を境に意欲と体とのバランスが壊れるからで、単純に偶然とは言えないとのこと。また将棋の大名人である故大山康晴も著書の中でこのバランスについて触れていた。弱い人はこのことを実力とは別物でみてしまうが、強い人は「込み」で考えていると。他にも、アンテナを立てていると多くの先人が真剣にこのことに向き合っていた形跡に触れることができる。スポーツ選手にとっては直接的で当たり前のようなことでも、それ以外の人達にとっては意外に死角にある問題なんだろうと思う。 などと書けば「ただもう少しスローに動けばいいってネタだろ。今までだって書いてだじゃん。改まってつまらんことを書くな。」と思う人だっているかもしれない。特に若い人には。 でもこれ、簡単ではないのよ。そう簡単ではないから冒険家は死ぬし、将棋の強い弱いの差が出るのだ。膝の様に目には見えないし、簡単ではないことが骨身にしみてわかった。しかしそれをやり切る。これはすでに単なる気持ちの問題ではなくて技術の問題だ。職人にとって四の五の言ったところで自分の価値はパフォーマンスがすべてである。このたびは今まで以上にこのことを考えていた。

一昨日、自民党はしっかりしろと書いた。私は本来は自民党支持だ。​各党が掲げる理念や主張を見る限り、自民以外を本気で推す気は起きない。特にコロナ騒ぎが始まってからは顕著である。


しかし世の中で自民を支持する人には2通りある。1つは、党を支持することそのものが目的の人たち。自民党がやること、総裁がやることに反対はしない。基本は服従。そういう人たち。もう1つは、違うと思えば党や総裁に苦言を呈する人たち。場合によっては他党へ投票することも辞さない。私は後者である。


ところで今、日本がどうしようもないくらいに凋落しつつあることを知っている人はどのくらいいるのだろうか。特にコロナ騒ぎが始まってからは加速している。我が子らの未来を思うと憂鬱でならない。


こんな時に総理が岸田だ。こいつだけはいけない。参院選で票を取るためならこの国が沈没しても構わない、という態度があまりに露骨。黙ってたってコロナは選挙後には終わる、それまでの辛抱って、まだあと3、4か月も続ける気か!と私は思うのだが、そうじゃない人の方が圧倒的に多いのだろう。


その参院選が憂鬱だ。自民が圧勝すればこの岸田が続けることになる。だからといってお灸をすえようにも、このたびはコロナ脳の(特に、目の前の年寄りは大切だが若者の未来はどうでもいいという)野党にだけは死んでも入れたくない。岸田が責任を取らされる程度にぎりぎり自民が勝つ、というのが理想なんだが。自民支持の皆さん、どうするよ。

しかしながらいくら岸田でも、さすがに選挙後はコロナを終える(2類から5類への変更、マスク必要なしのアナウンス)と思うのだが、どうなんだろう。それさえしてくれたら、まあ岸田でも我慢しなければ仕方がないと思う。ただこの人はコロナ騒ぎを相変わらず続けそうな気がするから怖いのだ。でも終わりにしない理由まったくないだろ。あ、ワクチンか。ああやっぱり憂鬱だ。書いていて憂鬱で具合が悪くなってきた。


与党も野党もこの国を売り飛ばそうとしているという主張も否定はしない。でもこれを肯定したらもうどうしようもないじゃない。

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