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せめて屋「内」でのマスクはやめて欲しい

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2022年4月28日
  • 読了時間: 3分

更新日:2022年5月3日

マスク、いつまでやる気なのか。私はよっぽどのことがない限りはやらないからまだいいんだけど、この流れは自殺者増につながっていくし、子供らも不憫。


保育園に通う娘が、「マスクが嫌だけどしてないと先生に怒られる」というので、女房が園に掛け合う。結論としては​、園としてはマスクの必要はないと考えているが、コロナが発生した時にマスクをさせていたかどうかが問題視されるので四の五の言わずに協力してほしい、とのこと。こう言われると仕方がない。


国も強制はしていないというし、自治体も強制はしていないという。しかし「雰囲気」が現場に強制を強いる。かくして不思議な構図が出来上がる。


パッと見、マスクをしている人はもはや99%以上。理由は様々だ。その中でマスクがコロナを減らすことに貢献すると信じている人に対しては、申し訳ないけど勘違いだと言わざるを得ない。多くの「専門家」がそういっているし論理も自然だ。そんなことはない、マスクには効果があるという専門家もいる!という反論もあるが、その主張をよく聞いてみろ、根拠がほとんどないから。


なのに多くの「専門家と称するオタク」がマスクの必要性を言い続けるのは、今さら説を変えるのはみっともないからだという。私もそんな気がする。オタクというのは得てして社会性がないものだから、そんなところだろう。


オタクの言い分に付き合ってマスクをしたい人はすればいい。ただ強制するな、と言いたい。しかし、この頃はそれすらも思えなくなった。というのは、マスクはよっぽど汚いらしい。そこで繁殖している細菌はウンコと同レベルとのこと。それを目の前でスーハ―スーハ―とばらまかれると、いくら私が日ごろから菌に親和感を抱いているとはいえ、それは自然な環境下での菌についてであって、マスクという不自然下で繁殖した菌をばらまかれるというのはさすがに気持ちが悪い。まあ相手は直接口につけて吸っているわけだから、それに比べれば我慢してあげようと頑張っているけど、なぜ私があなた由来の細菌群を受容しないとならないのかという不条理を感じる。もうマスクをした人が大勢集まった場所というのはどうにも落ち着かない(SMプレイを想像するからではない・笑)。だから屋外でするのは勝手だが、せめて屋内ではマスクを外してもらいたい、というのが私の本音である。


まあもっと本音は今すぐの全廃。だけどコロナに関係なく一生マスクをし続けたいという人が若い女性を中心に25%くらいいるというのだから、困ったものである。すっかりこんがらがってしまった糸。これをほぐせるのは政治家だけ。ただ騒いで煽るだけのマスゴミなんか無視して英断(というほどでもないと諸外国を見ると思うけど)を下せる人はいないのだろうか。自民党でこれができる人って、誰よ。いないか。

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