母の命日反田孝之2020年11月13日読了時間: 1分娘が産まれた翌月だった。 丸3年。もうそんなに経つかと。夕方トンネル立て終わって、家族で墓参り。私は畑から直行。もう真っ暗。こんな慌ただしい時期だったから、それで余計に悔やんだ。悔やみながらもジッとこらえて、淡々と仕事を進めた。商売人としての自負のあった母の後押しも感じた。あの時もそうだったように、これからも、何があっても、私はこうやって生きていく。明日は緑肥の種を蒔く。
規模拡大のための研鑽田植えを明日からに控えて、体がパンパン、かつヘロヘロ。暑さのせいか注意力も散漫で、事務所敷地内で軽バンを田植え機に思いっきりぶつけて凹ませてしまって、気分も凹んだ。いかんね、気を付けんと。 それにしてもこの時期の繁忙には滅入る。以前は田植えが終わると同時に繁忙期の山を迎えていたが、近年は田植え前から過酷である。そして今年は思うところあって代かきをすべての圃場で3回やることにしていることと、大豆予定
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