とある総会に招かれて
- 反田孝之
- 2024年1月28日
- 読了時間: 2分
昨日、とある団体の総会に招かれた。スピーチを求められてのものだが、諸事情あったとはいえ、準備段階から本番までの私のすっかりのポンコツぶりに呆れることになった。どうしてこんなに急速に錆び付くのかと。今思えばもう少し気の利いた話ができたのにと、みなさまにはただただ申し訳ない思いである。ただ自然栽培にそれなりに興味を持っていただけたようなので、それをせめてもの慰めとしたい。
それにしても正直なところ、話をいただくまでは、農業分野の団体であるにもかかわらず、その団体の存在を知らなかった。しかしその理由を私の社会性の無さにのみ押し付けられるものではないだろう。政治がらみの色が濃いからだ。
会の活動などの資料もいただいて目を通し、私も何かと考えることがないわけでもない。しかし私は常に自由でありたい。私が志向する社会の方向と少しでも接点があるのなら、誰にでだって協力をしたい。私には政治や、権威主義というものが、どうにも鬱陶しい。右と左どころか、前も後ろもないのである。
スピーチでは舌足らずになったが、小さいながらも私と同じような信念を持つ農家の、何と言えばいいか、盾というか、認知のよすがというか、そういう存在になりたいがために、私はこのような規模の経営を志向した。だからうちのような規模の農家は、目的を達成すれば解散するべきという組織本来のありかたに沿えばいずれはなくなるべきであるし、目的の達成のためには経営方針を変えることだって恐れるべきでないというのが、小さい農業こそ普及されるべきと考える私の思いである。つまり活動のための活動ではなく、目的のための活動をするべきということである。このことはどこでも普遍のことであるはずである。ということを同時に青臭く言わないわけにはいかない。


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