ゴボウ名人ではない理由
昨日は稲刈り初日で、始めてコンバインタンク12台分もの量を刈るという稲刈りデイではあったが、朝一はゴボウの今期最後の収穫だった。
(最後のひと掘り。ちなみにバックホウ収穫は土のためには絶対やらない方がいい。)

さわやかな朝に、なんとも虚しい時間が流れた。掘ったゴボウの大半を切り落として、さあどうか、少しでもマシなところを3割でも回収しただろうか。ヤケはどうも1日単位で急激に進行している気がする。収穫温存はいつまでだったら引っ張れたのだろうか。考えても仕方がないが・・。
(すべて例外なくヤケている)

(進行して柔らかくて美味しい深部にまで広がっている)

この圃場に向き合う事情を、時系列で少し説明してみたい。この圃場は57という。50aの畑で、その中に洪水時に堆積があるところと表土が流されるところとがあって、作物の生育に大きくばらつきが出る圃場でもある。2005年に鉄人岩崎さんからこの畑を引き継いだ時に、この界隈では断トツの畑だと言われていた。しかしその片鱗が分からない、しばらくはゴボウが育つものの、そこそこ。そして4年ぶりに作付けした2017年を境にさっぱり育たなくなった。もともと生育の良かったところがさっぱり育たなくなって、昨年もそういうところで5年ぶりに作ってみて、7月上旬時点でほとんどヤケ、かつ奇形が多くてダメだった。今年はかつて生育が悪かったところで13年ぶりにゴボウを植えてみた。そしたら7月中旬時点できれいなゴボウが大量にとれた。それを収穫せずに引っ張ってみたらヤケだらけになった、とこういうことである。
これらをどう読み解くか。実はこれまでにも普及部に相談して調べてもらったり、土壌分析などもやってみている。しかし原因は分からずじまい。私の勘では現代農学の範囲では分からないのではないかと思う。
AIの説明を載せてみる。
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ゴボウの「やけ症」とは、根の表面に暗褐色から暗黒色の染み状の斑点や黒褐変ができる、代表的な連作障害の一つです。
原因
〇病原菌とセンチュウ:土壌中のピシウム菌(根腐病)やリゾクトニア菌(黒あざ病)、フザリウム菌、さらにはネグサレセンチュウなどの複合的な要因によって引き起こされます。
〇環境要因:水はけの悪い土壌や地下水位の高い畑では、過湿によって被害がさらに出やすくなります。
〇防除の難しさ: 一度発生すると、きわめて防除が困難な障害として知られています。
対策・予防法
〇輪作を行う:ゴボウやキク科の野菜(レタス、シュンギクなど)を4〜5年以上作っていない場所を選んで栽培します。イネ科のスイートコーンなどを挟むのも有効です。
〇土壌の改善: 水はけを良くするため、よく耕して排水性の良い土壌にするか、高畝にして育てます。
〇土壌消毒: やけ症が発生しやすい畑では、栽培前にクロルピクリンなどのくん蒸剤で土壌消毒や殺線虫剤の処理を行います。
〇若掘りする: 栽培期間が長引くほど被害が増加するため、早めに収穫する「若掘り」も対策になります。
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基本的な模範解答だ。私の見解はいちいち書かないが、我々はこの奥にある目に見えないものを知りたいのだ。でなければ自然栽培はできない。
その目に見えないものを考えるために、まずは自然栽培の原理原則を意識するということになる。意識して、どれだけその通りできて、できなかったか、を含めてすでに15年以上管理してきて、このたび7月中旬時点でいいゴボウがたくさんできたということが、一つの解決を導いたことにになったと言えるのかどうか。また来年以降の試行で判断をしていかねばならない。
「いいゴボウを作れるようになれば一人前」という言い方がある。そのため私のことを一人前にしたがる人たちがいる。しかし白状しよう。うちの圃場にはゴボウがなぜかよく育つ圃場となぜか育たない圃場があり、なぜか良く育つ圃場で栽培しているだけなのである。そして良く育っていたのにだんだん育たなくなったという圃場も中にはあって、洪水被害に耐えかねた経営縮小の過程で、そういう畑は放棄してきている。今はなぜか良く育ち続けている圃場だけを残して栽培を続けているのだ。ひどい話ではないか。私は一人前どころか、ただの畑荒らしである。
しかし私としてがそれでは当然面白くない。それでこの57圃場だけは、たとえ当面ゴボウが育たなくても放棄することなく、以前のようにゴボウが良く育つ畑に戻してみたいのである。かつてピクリンが多投されていたり、その後有機肥料を深くすき込んでしまっているという事情もある。そういう事情もすべて飲み込んで、もう一度ゴボウが育つようにこの畑を導いてみたい。この9年はその一心でこの圃場と向き合ってきた。
9年経ったのだ。私が生きている間に、どこまでの解決へ導けるか。昨日の朝一の収穫で、改めて強く誓ったことだ。



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