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大貫橋規制があまりにバカすぎる

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2024年5月17日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年5月20日

ただでさえ道路事情で多くの住民がくたびれている時に、今度は県からの嫌がらせともいえる不思議な規制が。う回路である江の川にかかる大貫橋を一方通行にしたのだ。ということは橋を通ればわずか500mの対岸に渡るために、なんと6kmも迂回しなければならない。


誘導員から説明を受けたときは意味が分からず何かの間違いだろうと思った。何度確認しても、「朝言われたんです・・」と申し訳なさそうな返事。誘導員もこれがバカバカしい決定だとわかっている。だって車がほとんど走ってないからだ。多くても1分で1台。5分も来ないときもある。しかもこの橋は見通しがよく、死角は一瞬だけで、橋に入る前に反対から車が来るかどうかがよく見える。さらに橋の上で3箇所も待避所が設けてあり、下手くそでも軽自動車同士は余裕ですれ違えるし、理屈上は普通車同士でも大丈夫。こんなところを規制する意味が分からない。


ということで所轄の部署に電話をした。もちろん何も期待はしていない。ただ声を上げないとやりたい放題にされてしまう。「狭い」を強調するだけで、どうやら口調からは現場を見に来ていない感じ。現場も見ずに観念だけで決められてしまって、なぜ我々が膨大な負担を負わされねばならないのか。


どうも近年、各所で定量的な判断がなされていない気がしてならない。つまりメリットとデメリットの総合判断。コロナの時に痛感したが、ある物事のリスクをゼロにするためなら、他のリスクをどれだけ許容しても構わない、という構図。このたびなら大貫橋で何かが起こる(何が起こるのか私には見当がつかないが)リスクをゼロにするためなら、大回りさせて生まれるリスク、例えば田津集落内(相変わらず道幅の狭い箇所が多い)での事故や迷惑も構わないということ。


いや正確には、そんな簡単なリスク収支はみなわかっていると思う。ただ所轄部署の責任回避ということなのだろう。スクールバスも迂回させやがった。小1の娘はわずか500mのところを狭い道も含めて9kmも迂回させられて帰ってきた。その間に増える事故のリスクは所轄部署には関係がないということなのだろう。


素人の私にはわからないが、住民のための定量的判断はあくまで「政治」の役割であって、「行政」とは責任回避を優先するのが本質ということでいいのだろうか。しかしここで静岡県知事を辞めた川勝氏の言う、行政マンとしての矜持というものが必要ではないのか。自分を律して知性を磨く、三道鼎立で豊かな人間に(確かこんな感じだった)。そしたらせめてまずは現場を見るという発想は出てくるんじゃないか。そして「前傾姿勢」という島根県職員の誇るべき矜持はどこへ行ったのか。


あまりの幼稚に腹が立って仕方がない。しかし実は、現場では大きな混乱は発生していない。私も含め住民の多くが誘導員の指示を無視しているからだ。従う人は気の弱い人や、バスに乗る子供たち(運転手も)だ。責任回避主義は常に弱者にリスクと負担を押し付ける。

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