日々いっぱいだからこそ思うこと
- 反田孝之
- 9月19日
- 読了時間: 2分
更新日:9月20日
またもやコピー機が故障。原因はまたもや雷ではないかという。今年は多い。市内もかなり混乱しているそうだ。それで今、プリンター機能がダメ。ちょっとしたことでいちいち仕事にならん。また昨日の雨は時間48ミリ、1日で83ミリ降った。24時間以上たった今でも水は溜まり轟々と排水している。こんなにいい天気というのに、そしてまた明日は雨だというのに、稲刈りは見合わせている。
日々がギリギリの中、頭ではいろんなことを考える。普及についてもその一つ。
自然栽培の普及の難しさを痛感する。もちろん今に始まったことではない。自然栽培の普及というのは単に肥料を使わない栽培の普及をするということではない。なぜ自然栽培なのかということの理解が必要だ。それを理解するからこそこの栽培に「挑戦」できるのだ。慣行や有機で安定している人にとって、まずはここ。
そして栽培技術と経営技術。新規で始めようとする人や、大幅に拡大しようとする人はここ。もちろん安定からの転換の人だってそう。
で、私にできることは何か、ということ。とりわけ私にしかできないことは見過ごしてはならない。今の経営規模しかり、技術の研鑽しかり。そしてまた、私が日ごろから疲れ果てていることが、実は普及のためにの大きなプラスになっているとしたら、それだって私にしかできないことになる。さて、わかるかな。わからんでいいよ。違うかもしれんし。
きっと深いのですよ。そして私は迎合しないのですよ。謙虚でありながら、しかし思ったようにやる。


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