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誰かゴボウをやらんか

執筆者の写真: 反田孝之
反田孝之
2 日前
読了時間: 3分

ゴボウ予定圃のトレンチャーがけ。これをやりだすと、始まったなーという気になる。この圃場はうちの畑の中で土に一番粘りがあって固い。それで収穫時に収穫機が機能しなくて苦労する。当然何年来の改善を試みているが今日のトレンチャーもまだまだ苦しがる。うーん、まだまだか。




作業をしながら昨日からずっと考える。うちのゴボウの評価が高い。需要はいくらでもある。誰か他にゴボウを自然栽培で作らんかなと。実現すれば大変面白いことになる。


この田津地区はもともとゴボウの産地で、多くの地元の方がゴボウを栽培していた。今ではうち以外ではたった1人が家庭菜園程度に栽培しているのみとなった。桜江町全体ではどうだろう。例えば500キロ以上栽培している人は何人いるのか。うち以外に3~4人がとりあえず思い浮かぶが実際にはどうなのか。川越ごぼう、桜江ごぼうで名をはせた過去はあまりにも遠い昔となってしまった。


うちが規模を拡大して増やせばばいい、というのはなしだ。洪水のリスクがあまりにも大きすぎる。昔みたいに複数の個人経営体がほどほどに栽培し、洪水の年はみんなが我慢をする、というのでないと成り立たない。ゴボウ栽培を安定軌道に乗せて模範となり、この界隈での栽培可能地と仲間をかたっぱしからピックアップして、いつかは自然栽培ゴボウの里ができないか、という夢を漠然と抱いた頃もあった。若かったね。


ちなみにただのゴボウではインパクトがなく、取り立てて頑張ってやる甲斐がない。自然栽培で、実際に美味いから差別化できるのだ。


一方で、本音では自然栽培でのゴボウ栽培はとても勧められない。栽培技術は私が伝授すればいいとしても、その生育は圃場要因によるところが大きいし、必ず数年ごとに洪水に遭う。また作業センスやいろんなさじ加減も随所に必要。つまりトータルで収支を合わせるのがとても難しいのだ。正直なところ私だからやれていると思わなくもない。当然機械や設備の投資もそれなりに必要なわけだから、これで栽培を勧めれば詐欺師みたいなものである。


ということで、自然栽培ゴボウの生産者を求めることはあまりに絵空事。それでも品質の評価があり、取引の申し出を断るたびに、ふっと「何とかならんか」と思ってしまう。何ともならんよ。これができればすっかりプロジェクトXだ。


堤防ができて栽培が不可能になるか、それとも私が死ぬか、で「はんだ牛蒡」つまり当地の自然栽培ゴボウはなくなる運命だろう。継承としては身内以外にはリスクのシェアが難しいし、じゃあと言って残念ながら長男にはまったく期待していないし、まだ小学生の下の子2人が大きくなるまでには私は持たないだろう。そんなことでゴボウがなくなるのなら、その前に堤防のせいでなくなって欲しいと願う。

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