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農業者のために農業者にしかできないこと

  • 執筆者の写真: 反田孝之
    反田孝之
  • 2024年2月6日
  • 読了時間: 2分

農業をやっている人、これから始めたい人の世話を焼くことが、農業歴を増すごとに増えてきていて、とりわけ昨年から特に多くなっている。機械の斡旋や仲介、農地の相談、栽培技術の相談、販路紹介など、分野は広い。


農業者のサポートというのは、近年では多くを行政が担うようになっているが、一昔前ならそんなことはなかったし、今でもほとんどの行政マンが実際の経営を経験しているわけではないのだから、同業者、つまり我々農業者でないとできないことがある。


進行形のことをいえば、この春から隣の田んぼを始める若者とは毎日のように顔を合わせているし、今日などは、前から相談を受けていた就農希望者に渡地区の農地の一部を譲る話をまとめてきた。来週はもう一人ベテラン農家と同様の取りまとめをする予定だし、その人の機械取得の仲介もすることになっている。また昨年から給食米の生産者づくりという大きな役割を担っていて、それはそれなりに大きなプロジェクトである。先週は5人で勉強会に参加したばかり。


同じ農業者は農業者でも、その人にしかできない、つまり私なら私にしかできないことというのがある。その「私にしかできないこと」というのを先回りして見出して、多くのそれらを積み重ねることができるかどうかで、例えば数年先の地域農業の事情は大きく変わってくるはずだ。しかしながら見出すということは自分一人の力では無理なので、関係する人が皆で広い視点と心で連携し、お互いに振って行く。そうなれば素晴らしい。


だが、力不足はもとより、つまらぬ思い込み、ひどい場合は妬み僻みが絡むという、うまく回らない現状を少なくとも見てきた。実にもったいない。

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